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DATE/ 2022.08.22

『僕とアリスの夏物語』が可能にしたAIとの知的融合体験

 目覚ましい発達をとげている人工知能。英語の「Artificial Intelligence」の頭文字を取って、「AI」とも呼ばれます。音声に反応するSiriやAlexaなどのバーチャルアシスタント、ルンバに代表されるお掃除用ロボット、近年ぐんと精度が上がった自動翻訳など、わたしたちの生活のあらゆる場面にAIは活用されています。今回ご紹介する書籍は、そんな人工知能について知るための、いわば入門書として最適な一冊、『僕とアリスの夏物語 人工知能の、その先へ』(岩波科学ライブラリー)です。

 本書タイトルを見て「青春小説なのかな」と思った方、間違いではありません。しかし、それでは半分です。本書のコンセプトは「青春小説×AI解説」。小学生の男の子と人工知能を持った少女が織りなすさわやかな青春物語と、専門家によるÁI解説がセットになっているというものです。

 本書の作者は立命館大学情報理工学部教授の谷口忠大先生。谷口先生は、人工知能や知覚情報処理など幅広い分野の研究をする一方、国語学習や図書館のオリエンテーションなどで人気を博している「ビブリオバトル」発案者としても知られています。

 単なる小説でも、単なる解説本でもない、本書ならではの魅力はどんなところにあるのでしょうか。このあと紹介してまいりましょう。

「青春小説×AI解説」という構成の妙

 本書の特徴は、「青春小説×AI解説」という部分にありますが、大きくストーリーパートと解説パートに分かれています。第1話→第1話解説→第2話→第2話解説……と、ストーリーと解説が互い違いになる構成になっているのです。特に解説パートは、その前の小説の内容を受けて、AIに関する一つのテーマを提示し、それに対して谷口先生の解説が始まります。たとえば、AIが物のかたちをどうやったら理解できるのか。また、音素や語彙を得るために必要なプロセスや、「場所」という概念を理解することなど、そのテーマはさまざまです。

 これらの解説部分は、それだけで一冊の本として成立しうるものばかりで、専門性の高い内容となっています。しかし、それは一方で、はじめてAIに触れる人にとっては少しハードルが高いものになってしまうかもしれません。それを見事に解消してくれているのが、小説の部分です。物語を通し、登場する人物たちの行動や、気持ちに触れることで、AIについての解説をするりと飲み込むことができる仕組みになっています。

赤ちゃんのように成長するAIロボットの「少女・アリス」

 それでは簡単に小説部分に触れておきましょう。

 物語は、現代より少し先の未来、海の見える街が舞台となっています。小学6年生の男の子・天沢悠翔は、ある理由から学校に通えなくなっていました。自宅から外に出ることもほとんどなく、いわゆる〝引きこもり〟の状態です。そんなある日、悠翔のもとに「トゥーバーさん」というひとりの男性が訪ねてきます。そして、トゥーバーさんが連れて来たのが、金色の髪と琥珀色の瞳をした「少女・アリス」でした。しかし、アリスは悠翔を見つめるだけで、言葉も発さなければ、歩くこともありません。

──そう、彼女こそ本書のタイトルにもある「人工知能」を搭載したAIロボットなのです。

 翔はアリスがAIであることを知らないまま、トゥーバーさんの依頼で、彼女とともに暮らすことになります。はじめ無反応だったアリスは、やがて言葉を発し、自分の意思を表すようになりますが、その様子はまるで赤ちゃんそのもの……。本書では、人工知能であるアリスが成長していく様子が、赤ちゃんや子どもの成長になぞらえて描写されていきます。

 それと同時に、彼女の成長に合わせ、解説部分ではAIの学習や、発達についての説明がなされるのです。人が、視覚・味覚・触覚をフル活動させることで学習していくことを、AIではどの程度再現できるのかといったことや、人とAIの明確な違い(または、AIがたどりつけていない部分)についても触れられていきます。アリスが少しずつ人らしくなっていく過程は、今まさに多くの研究者が人工知能技術を突き詰めて行こうとしている様子と重なっているのです。

「AIに仕事を奪われる問題」とAIが再現できない「知的探求」

 また、本書のAI解説は、技術的な側面にとどまりません。小説の後半、悠翔とアリスの前にひとりの大人が立ちはだかることになります。後々、その人物は、AIによって仕事を奪われてしまったということが分かるのですが、つまりそれは、近年たびたび話題にのぼっている、「人工知能が仕事を奪うのではないか」という問題です。これに対して、谷口先生は次のように語ります。

〈「人工知能が仕事を奪う」というと、コンピュータの中に人格をもった人工知能が現れて仕事を勝手にやってしまったり、人工知能を搭載したロボットがやってきて自分の仕事を奪っていったりするといった、SF的な未来を創造してしまいがちだ。実際はそうではなくて、仕事は人工知能技術を使う「人」に奪われる。〉

 本書に登場するアリスのような存在はまだまだSF的な存在であって、人工知能は人の手によって学習が行われ、人の構成したアルゴリズムでもって答えを導くものです。また別の章では、人の「時々、ダメそうなことをやってみる」ことは知的なことだと、先生は語っています。AIはいわば口を開いてデータを待つのみといった感じですが、赤ちゃんは実世界で生きるため、好奇心を働かせ、動物としての本能でもってさまざまな体験を得ていきます。これを「知的探求」と、先生は言います。

 ともすると、赤ちゃんとAIなら、AIのほうが賢いと思う方もいるかもしれません。しかし、人の持つ知的な活動は、いまだにAIでは再現ができていないものなのです。

 面白い小説や感動的な映画などに出会ったとき、その作品の細部をもっと知りたくなり、本やパンフレットを買ったり、ときにはそれについて解説している人の話や紹介動画などを探したりすることがあるかもしれません。本書は、そうした“もっと知りたくなる物語”と“専門家による丁寧な解説”がひとつに合わさった作品となっています。

 人工知能のことがイチから知りたい方はもちろん、ここまで紹介してきた内容に興味を持った方はぜひ読んでみてください。きっとAIでは再現ができない何かが得られるはずです。

<参考文献>
『僕とアリスの夏物語 人工知能の、その先へ』(谷口忠大著、岩波科学ライブラリー)
https://www.iwanami.co.jp/book/b597613.html

<参考サイト>
立命館大学 情報理工学部 情報理工学科 創発システム研究室
http://www.em.ci.ritsumei.ac.jp/jp/

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