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DATE/ 2023.08.07

他人事ではない!『トランスジェンダー入門』で学ぶ基礎知識

 令和5(2023)年6月23日、「LGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)」が施行されることになりました。多様性理解の進む時代にあって、その法律の必要性を浮き彫りにしてくれるのがトランスジェンダーの存在です。トランスジェンダーについて全く知らない人も、ひと通りのことは知っていると思う人も、新たな学びが得られるのが『トランスジェンダー入門』(周司あきら・高井ゆと里著、集英社新書)です。

見えていても見えないトランスジェンダーという存在

 この本が訴えてくるのは、トランスジェンダーは少数とはいえ特別な存在ではないこと、また、にもかかわらず「何の変哲もない人」として生きていくことは難しい、ということです。

 LGBTのうち、「L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシャル」は性的指向に関することですが、T=トランスジェンダーだけは違います。生まれ落ちたときに与えられ登録された「性」と、自分自身が抱く「性」(ジェンダーアイデンティティ、性自認)が異なるのがトランスジェンダーの人たちで、日本では人口の0.5~0.7%ほどいるといわれています。

 ネット上では話題になっていても、実際にトランスジェンダーと接したことのある人は少なく、「トランス女性(生まれたときに登録された性別とは異なるが、現在は女性という性別を生きる人)は女性トイレや女湯を利用してもいいのか」という話題などが、当事者不在のままに一人歩きしている印象です。

 いえ、それ以上にトランスジェンダーは、本人たちの「環境に埋没しよう」という努力などもあり、「いないことにされている」、それが問題なのだ、というのが本書の二人の著者の主張です。

 二人とは、周司あきら氏と高井ゆと里氏。周司氏は主夫で作家。著書に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)、共著書に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)があります。高井氏は群馬大学准教授として西洋哲学や生命倫理学を研究。著書には『極限の思想 ハイデガー 世界内存在を生きる』(講談社)、訳書に『トランスジェンダー問題 議論は正義のために』(ショーン・フェイ著、明石書店)があります。

 ふつう、このような共著書は得意な分野を活かして章単位で分担して書かれますが、本書はそうではなく、全ての文章が共同執筆。そのために二人でおしゃべり会を開催し、その議事録をもとに書きたい内容を広げ、文章化し、加筆・修正・確認していったといいます。

ジェンダーアイデンティティをめぐる制度の理不尽

 さて、「トランスジェンダー」と聞いたとき、そうでない大多数(シスジェンダー。生まれたときに割り当てられた性を受け入れている)の人たちにとっては、「他人事」という印象があると思います。しかし、本当はそうではないことを知らせるため、著者たちはトランスジェンダーの理解を困難にしているさまざまな言葉や状況について、とても丁寧に解説を進めていきます。

 トランスジェンダーを理解するのに欠かせないのが「ジェンダーアイデンティティ」という言葉です。これは、自分自身が認識している自分の性別、自分がどの性別なのかについての自己理解のことだといいます。

 一般に性別というのは「男」「女」の二つしかないと思われてきました。しかも、それを決めるのは出生時の外観(外性器の形)であり、そこで認定された性別が出生証明書に記載され、日本の場合、戸籍や住民票に反映されます。つまり、性は「定まっている」のではなく、「割り当てられている」のです。トランスジェンダーの人たちは、この制度や慣習に異を唱え、別の可能性を開こうとする人たちです。

 とはいえ、生まれたばかりの乳児にはジェンダーアイデンティティはありません。それをどう獲得していくかということにも個人差があり、獲得しない人ももちろんいます。ともかく子どもたちには、制度や慣習、構造によって二つの「課題」が一律に与えられます。一つ目は、「女の子として・男の子としてこれからずっと生きなさい」という課題、二つ目は、「女の子は女の子らしく・男の子は男の子らしくいきなさい」という課題です。

 二つ目の課題はトランスジェンダーでない人たちにとっても身に覚えがあるもので、現在では、価値観の過剰な押しつけは親子間でさえNGとされています。ところが、まず一つ目の課題を引き受けられなかったのがトランスジェンダーの人たちであることは見過ごされています。このように、課題を課題と見なさない環境がトランスの人たちにとって生きにくいのはいうまでもありません。

性別移行で違和感のないジェンダーに「なる」プロセス

 生きにくさの根本を解消するために、多くのトランスジェンダーの人たちが試みるのが「性別移行」という手段です。ただし、それには精神的・社会的・医学的な側面があり、「与えられた性に適応しようとする自分」から、自己発見をしながらトランスジェンダーに「なる」多様なプロセスを踏んでいく必要があります。

 扇情的なメディアでは、「外国で性器手術をして、今日からは女性・男性として生きられるようになった!」というイメージを打ち出しますが、それほど簡単なものではありません。まず、精神的には本人も周囲も「女性らしさ・男性らしさ」の課題と混同していたり、「同性愛者」と混同していることが考えられます。

 社会的移行として、本書は「ハルカからハルトへ」というトランス男性の例を出しています。そのプロセスによると、まずネットコミュニティへの参加。プロフィール設定の性別をこれまでの女性から男性にすることで、新しい世界への第一歩が踏み出せます。

 次に、衣服の取り替え。現代はネット通販が主流なので、女性がメンズの服を買うハードルは低くなりました。さらに、そうした配送先の宛名を「ハルカ」から「ハルト」に変更することが、通称名の使用ということになります。

 服装に似合うよう髪型も変えたハルトは、男性的な仕草を習得してバイトなどに活かし、仲のいい友人や家族にカミングアウトしていきます。この後、戸籍名の改名、トイレや更衣室など性別で分かれているスペースの変更が進み、男性集団への同化が深まっていきます。

 医学的な性別移行についても、「自分にとって違和感のない身体」を目的としてさまざまな措置が利用されます。ホルモン投与と手術が中心ですが、このとき「性同一性障害」という病名が与えられることも多いということです。

 トランスジェンダーであるかないかにかかわらず、私たちが社会的に生きる「場」は分散されています。その全てにおいて望む性別として承認されるのが心地よいとはいえ、いろいろな「場」を切り捨てるという選択もあります。

 例えば、過去の友人と連絡を取らない、実家と縁を切る、転職するなど、切り捨てることでトランスジェンダーの人たちが快適に暮らせる可能性、そうした「場」はたくさん考えられます。このことは、トランスジェンダーではない人たちが受け止めるべき問題だと、著者たちは指摘しています。

「誰も差別を受けない」社会への突破口として

LGBT」という言葉の認知は、日本では遅ればせながらも進んできました。2021年度から使用されている中学校の教科書のうち、9社17点の教科書にこの言葉が載っているということです。しかし、現実にLGBTのなかの「T」の人と知り合いであるという人は、非常に少ないのではないでしょうか。

 この問題は、「差別」と密接にかかわっています。トランスジェンダーの人たちは、まず生育環境である家庭において、さらに学校教育や就労の場でも差別を受け、ちょっとした風邪などで医院を受診することも、また出先でトイレを使うことさえ我慢してしまいます。さらに、周囲の無理解によって、多くが貧困やメンタルヘルスの問題に悩むようになります。

 その実態についても本書は多くのページを割いていますが、トランスジェンダーの4分の1以上に家庭内暴力の被害経験があり、それに関連しておよそ4人に1人がホームレス状態になったことがあることを知れば、想像できるでしょう。詳しくは本書を読んでいただくのが一番です。

「差別は、個人の善意や悪意の問題に限りません。思いやりでは解決しません。差別は、制度的・構造的な問題であり、それを作り上げて存置し続けてきたシスジェンダーの人々に、その解決の責任は存在しています」と、著者たちは指摘し、制度的差別の代表として医療制度と法律について切り込んだ説明を進めています。

 トランスジェンダーは「性」の問題と思われがちですが、本当に大切なのは、「誰も差別を受けない」社会の実現で、そのための努力が求められています。それは全ての人たちが安心して自分の人生を生きられる社会の実現に向けた歩みの一部になるはず、というのが二人の著者の確信です。

 繰り返しになりますが、これは全ての人に向けられた課題でもあります。まずは本書を開き、トランスジェンダーのリアルに触れてみることから始めてみてはいかがでしょうか。

<参考文献>
『トランスジェンダー入門』(周司あきら・高井ゆと里著、集英社新書)
https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1174-b/

<参考サイト>
高井ゆと里氏のツイッター
https://twitter.com/Yutorispielraum
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