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DATE/ 2024.08.26

『「性格が悪い」とはどういうことか』で知るダークの本質

「性格が悪い」というときにはどういう人を思い浮かべるでしょうか。自分のやりたいことだけをする人、ルールを無視する人、いつでも自分が中心にいたい人、人を攻撃して楽しむ人など、いろいろと思いつくでしょう。こういった性質を「ダークな性格」として捉え、心理学の立場から分析した本が今回紹介する『「性格が悪い」とはどういうことか――ダークサイドの心理学』(小塩真司著、ちくま新書)です。

 著者の小塩真司氏は1972年愛知県生まれの心理学者で、専門はパーソナリティ心理学および発達心理学。名古屋大学教育学部で教育心理学を専攻、同大学を卒業後、同大学大学院をへて、現在は早稲田大学文学学術院教授です。主な著書に『自己愛の青年心理学』、『はじめて学ぶパーソナリティ心理学』、『性格とは何か-より良く生きるための心理学』などがあります。研究をスタートしたきっかけは、図書館にこもって卒業研究のテーマ探しをしていた時、ナルシシズムの論文に触れて興味を持ったからとのことです。

ダークなパーソナリティの類型

 さて、本書のあとがきで著者の小塩氏は、「『性格が悪い』ということについて考えることは、まさに私たち自身について考え直すきっかけになる」といいます。性格が悪い、つまり「ダークな性格」は人ごとではなく、誰にでもそうした面があるということでしょう。

 心理学の研究で「ダークな性格」とされるものにはいくつかの種類があります。その中でもここでは大きく4つの典型的なものが紹介されています。それが「マキャべリアニズム」「サイコパシー」「ナルシシズム」「サディズム」です。

 もともとは「サディズム」を除いた3つで「ダーク・トライアド」として括られて研究がなされていたのですが、のちに「サディズム」もこの3つと関連が強いとされ、「ダーク・テトラッド」としてこの4つのまとまりが提唱されるようになったそうです。この4つの性格について、少し細かく見てみましょう。

「マキャべリアニズム」と「サイコパシー」

 まず「マキャべリアニズム」の特徴ですが、「目的は手段を正当化する」と考えている点です。社会的なルールを軽視し、戦略的に他者を利用したり操作したりします。また、世界を斜に構えて見ることも特徴で、「他人を信頼し切るのは誤り」であったり、「世の中は弱肉強食」と捉えていたりします。「マキャべリアニズム」は「サイコパシー」の要素と重なる点が多いようです。

 続いて、「サイコパス(猟奇的な特徴を持つ人物)」がもつ心理的な特徴が「サイコパシー」です。他者への配慮や愛情を注ぐことに欠け、自分自身のことにだけ関心が向かいます。また、全体的に感情的な反応が欠けており、興奮や怒りに任せて行動する、喜ぶといったことがあまりありません。お金や地位を目標にして行動したり、「見つからなければ少しくらい無茶をしても構わない」といった考えを持つことが要素として挙げられます。

「ナルシシズム」と「サディズム」

 3つ目の「ナルシシズム」は自分が特別で独特であると信じており、自身が賞賛されるべきだという感覚を抱きます。また、特別扱いを受ける権利があると感じていて、目標の達成のためには他者を利用しても構わないと感じています。また、注目されないと気分が落ち込んだり、批判されると怒りが収まらなくなったりします。

 最後ですが、「サディズム」は、他者の肉体的または精神的な苦痛を与えることに関連するさまざまな行動、認知的な傾向、対人的な特徴のことを指します。他者に対して残酷で攻撃的、辛辣で敵対的な態度を示します。他者への共感に欠け、他者を操作する傾向を示したり、全体的に冷淡です。また、認知面では柔軟性がなく不寛容とのこと。こういった特徴は、マキャベリアニズムやサイコパシーと多くの部分で重なり、部分的にナルシシズムの特徴とも重なるといえます。

ダークな性格の共通点は「協調性」の低さにある

 これらダークな性格では、周囲に対する攻撃性の高さ、敵意を向けやすい傾向、他者を信用できずに自分の利益を優先し、配慮や共感に欠ける傾向があるという性質が共通していると考えていいでしょう。つまり、大きく関連するのは「協調性」の低さだと考えられます。また、こういったダークな性格の持ち主は、自分のやり方を現実で通すことは難しいことが多いことから、周囲から孤立したり、社会から退却しがちになったりします。

 この結果として、インターネット上で他の人を困らせるような行為に走ってしまうこともあることが、研究により知られています。また、研究では、ダークな性格を高く持っていたとしても、孤独感が低い場合にはダークな性格が低い人と同程度の荒らし行為をするだけだったそうです。孤独感はこういった性格をより暴走させることがわかります。

ダークな性格とどのように付き合えばいいのか

 ここまで主にダークな性格の特徴、問題点についてみてきました。では、こういった性格を持つ人はどうすればいいのでしょうか。問題を引き起こす背景には、自分個人の利益を最大化しようと試みることがあります。つまり、自身にダークな性格の要素があると自覚するのであれば、「自分がいる組織の利益の最大化と、自分の利益の最大化が一致するように調整することができないかと考えてみること」が、ネガティブな結果を回避するための一つの方法だと小塩氏は述べます。

 また、日本でも海外(英語圏)でも、ダークな性格は成人期を通じてその平均値が低下していく傾向が見られるとのことです。性格は社会の中で新しい役割を担うたびに少しずつ特性が変化し、望ましい方向へ向かうと考えられています。このように、成人期の生活に有利に働くような心理特性や性格特性を次第に身につけていくことを「成熟の原則」と呼びます。ダークな性格が年齢とともに変化していく様子も、社会へ適応していく「成熟の原則」を表現していると考えられるとのことです。

ダークな性格もまた人間の営みである

 最後に小塩氏は、どうして私たち人間の集団の中には、一見して問題を生じさせるような性格が残っているのかと問います。これに対しては、人類が生き残ることに対してダークな性格が寄与してきた可能性があると考えます。もちろん個人の観点からすれば、ダークな性格を持つことで悩み、またダークな性格を持つ人物に悩まされることがあるかもしれません。しかし、それもまた人間の営みであるということを忘れないようにしたい、と小塩氏はいいます。

 本書では「性格が悪い」という漠然とした感触に関して、心理学的な分析を用いてその類型を示し、どういう理由によって私たちがそう感じるのか、またダークな性格の人がどのような考えで行動するのかを明らかします。繰り返しますが、これは人ごとではありません。本書を読んで、どんな人にでもあるダークな性格について、じっくりと考えてみてはいかがでしょう。

<参考文献>
『「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学』(小塩真司著、ちくま新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480076311/

<参考サイト>
小塩真司氏のX(旧Twitter)
https://x.com/oshio_at

小塩真司氏の研究室(パーソナリティ心理学研究室)
https://oshio.kinsta.cloud/

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