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リスキリング、アンラーン…大人の学びの真髄を考える(柳川範之先生×為末大先生)
いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。
リスキリング、アンラーン……。そのような言葉を聞く機会も多くなってきました。現代社会において、どのような「学び」が必要なのでしょうか。
「学び」について考えるうえでは、「大切なこと」にも目を向けておく必要があるでしょう。それは「自分の人生をいかに発展しつづけさせるか」ということです。本来、「学び」は誰のためでもない、自分自身のためのものです。どのような自分になっていくか。その視点がなければ、どんな視点も上滑りしかねません。
さらに「広げる学び」と「深める学び」の違いとは……。
本日は、柳川範之先生(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授)と為末大先生(Deportare Partners代表/元陸上選手)に「大人の学びの見取り図」を縦横無尽にご対談いただいたテンミニッツTV講義を紹介します。
いうまでもなく柳川先生も為末先生も、ご自身のご専門(経済学と陸上競技)を世界レベルまで深められ、さらに幅広い視点を追求しておられます。だからこそ、両者のかけあいから、学びの真髄が見えてきます。
◆柳川範之先生×為末大先生:大人の学び~発展しつづける人生のために(全6話)
(1)「Unlearn(アンラーン)」とは何か
見方を変える!生き方を変える!そのためのアンラーン
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5409
「アンラーン」を考えてみる…学びの「広げ方」
最初に考えるのは、学びの「広げ方」についてです。ここについては、「アンラーン」という考え方が大いに参考になります。柳川先生と為末先生はご共著で『アンラーン――人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP)という本も発刊されています。
アンラーンとは、「learn(学ぶ)」に否定の「un」が付いた言葉ですが、その真意とはどのようなものなのでしょうか。
その点について、柳川先生は次のようにおっしゃいます。
《いろいろなことを学んでくる中で、発想や思考にはずいぶんクセがついている。クセがついていると、新しいインプットをしても、素通りしてしまうようなことが起こる。そこで、今まで身につけてきた発想や思考のクセ、あるいは考え方のパターンのようなことを一旦解きほぐしてみる。そうすると、結果として、新しいインプットをしたときに、それがしっかり頭に入っていくということです》
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これを受けて、為末先生は次のように指摘します。
《「アンラーン」と呼ばれているものの中には、今柳川先生がおっしゃったような、積み重ねてきた知識や技能を一旦空にしてみようという観点もありますし、自分自身が囚われている枠組みにハッと気づいて手放すことも含まれると私は思っています。自分の人生というもの、定期的に何かの出来事が起きては(それまでの)考え方を手放していっている。やはりそれがとても重要なのではないか》
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そのうえで柳川先生が、「ラーメン好きな人と洋服好きな人とでは、道を歩いていても見えているものが違う」というお話を展開されます。人間はどうしても自分の関心があるものにばかり目を向けがちであり、それだけではもったいない。少し広い視野を持ってみれば、インプットの幅はグンと広がり、より意味が出てくるのです。
では、自分な好きなジャンルや、自分が積み重ねてきた仕事を「究める」ことはどうなのか。「好きこそものの上手なれ」ということはいけないことなのでしょうか。
両先生は次のように答えます。
為末先生:《好きなことがあるのなら、アンラーンは全然しなくていいと思うのです。それでそのまま最後まで行ってしまったら幸せではないですか。ところが、やはり時代も変わるし、自分自身も年齢を重ねていくことで不具合が生じたりする。そういうときに、そこからさらに「積もう」とすると、もっと苦しくなるので、そういうときはアンラーンではないか》
柳川先生:《本屋に行くと、自分が本当に大事だと思う棚に一直線に行って、他は見向きもせずに帰ってくる人など、ほとんどいないではないですか。少し歩いている最中に、「あれ、なんか面白そうな本だな」となる。「関係ないと思ったけれど、ちょっと関係あるかもしれない」というような本を手に取ったりします。あれが大事だと思います》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5410
まことにイメージの膨らむ話です。これは当然、仕事上の必要から学びを深める場合と、自分の楽しみのために学びを深める場合でも変わってくるでしょう。それぞれの立場から、それぞれに「視野を広くもつための方法論」ということなのでしょう。
「学び」と「熟達」について…学びの「深め方」
続いて、「学びを深める」ことについては、どのように考えるべきなのか。ここは為末先生の『熟達論』(新潮社)を糸口に話を掘り下げていきます。
この本は、ご自身の競技経験をもとに、いかに「熟達」していくかをわかりやすく説明する本です。最初に「遊」があり、次に「型」に入り、その次に「観」がある。それから中心をつかむ「心」があって、最後は「空」に至る。そのような過程を描きます。この「空」とは、よく競技者が「ゾーンに入った」と表現するような境地です。
為末先生は、「まず遊びが大事」だと強調されます。
《遊びがはらんでいる最大の矛盾は、何かのために遊ぼうとする人は遊べないことです。やはり遊びの持っている一番強力なパワーというのは、「面白いからやっている。それでいいのだ」という、自分の中にある無邪気な好奇心を解放させるところにある。遊びがあればあるほど人は熟達していく》
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では、大人になったら、そのように無邪気な好奇心をどのように解放させられるのか。その点については柳川先生がこうおっしゃいます。
《多くの小さい子はみんな好奇心の塊です。それがだんだん大きくなってくると、どんどん好奇心の芽を摘まれていく。だから、大人の学びで大事なことは、埋もれてしまった好奇心をどうやって改めて掘り起こすかということ。結局のところ、ここに尽きる気がするのです》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5411
「大人」になると、どうしてもタガがはめられてしまうところがある。それをどう外していくか。その具体的な方法も両先生がお話しくださっていますが、それについてはぜひ講義第3話をご参照ください。
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5411
さらに学びを深めていく究極の境地とはどのようなものか。そのことについて、まず為末先生が「空」「ゾーン」に言及しつつ、次のようにおっしゃいます。
《われわれ競技者などが深い集中状態に入ったときに、何かいつもと少し違う体験をすることを「ゾーン」と呼びます。私はゾーンというより「空」のほうがいいのではないかと思って、そう名付けているのです》
《(一流の競技者は、勝負の局面で)実は考えるよりも先に身体を動かしている。来たことを目で見て情報を得たら、そのまま身体が動きに行っている。情報を脳に上げていないわけです。
だから、スポーツの現場で最後の最後に本当に機能するのは、考えないで身体に委ねること。ただ、その前に十分に鍛練を積んで、身体が動くようにしておく必要がある。そうすることで、何も考えないほうが自然に対応していくようになる。
考える自分、これをおそらく私たちは「自我」と呼んでいて、この自我というものを最後の最後にパッと手放すとうまくいったという体験が、私の競技人生ではあった。「私」あるいは「考える私」を持つということをパッと手放すと、いろいろうまくいくのではないかということで、それを「空」の世界に描いているということになります》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5411
この問題提起に対して、柳川先生は「学びの一つのポイントは、やはり型にはまった思考のトレーニングをするということでもある」と述べ、「型」の部分の重要性を次のように指摘されます。
《(われわれは)いろいろな経験をしたり、読んだり、見たりするわけですが、それを一般化したり、抽象化したり、「モデル化」したりする。このように個別事象を少し抽象的な塊として理解できるようになるというのが、「型」の部分だと思います。これが、私は非常に重要な学びのポイントだと思っています。
個別事例を個別の話ではなく、一般化して抽象化して理解できるようになれば、別のシチュエーションでも使える。世の中には、こういうことが自然にできる人もいて、「柔軟性がある人」といわれると思います。しかし、多くの人は、そのような個別事例を一般化、抽象化することはできません。
(学問というと)だいたいは丸暗記した用語の解説を答案に書けるようにするものだと思われている方もいらっしゃいますが、本当はそういうためにあるのではなく、自分が経験したことを一般化・抽象化して、他でも使えるようにするためです》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5412
この「身体性」の話と「一般化、抽象化」の話は、いずれもとことん究めることから生まれるものでしょうが、いずれも非常に大きなヒントをわれわれに与えてくれます。
いま必要な「リスキリング」とはどのようなものか
最近、「リスキリング」ということも、よくいわれます。人生の大きな転機のときに、あるいは仕事において非常に大きな方向転換を必要とするときに、やはり新しい情報を入れなければいけないし、新しいスキルや学びをインプットしなければいけません。そのようなことを「リスキリング」というわけです。
柳川先生は、このリスキリングにおいても、「自分が経験したことを一般化・抽象化して、他でも使えるようにする」ことが、とても重要だとおっしゃいます。ただし、次のような注意点を指摘します。
《あまりにも理論に特化してしまっていると、理論が前提にしている世の中の姿を実際の世の中に当てはめ、それが現実だと無理やり思い込んで、現実のほうを理論に合わせてしまう。それではやはり頭でっかちだと思うので、そこは現実に合わせて考えなければいけない》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5413
そのうえで、「そうした具体論については、やはり悩みながら考えるしかない。答えはないのだけれど、(理論という)よりどころがあることで物事がしっかり考えられるし、より深みが出てくるということだと思います」とおっしゃるのです。
一方、為末先生は次のように指摘します。
《端的にいって私は、リスキリングは「自分の使い方を変える」ことだと思っています。今の使い方は、少なくとも食っていくためには、どうも時代とともに変えなければいけない。働いてお金を得る必要がない人にはリスキリングは要らなくて、ただ単純にいろいろな面白いことをすればいいだけです。変えなければいけないということは、「どうもこのやり方では社会的にバリューを出せないから、食っていけない」。簡単にいうと、だから自分の使い方を変えて、違うやり方をやろうという話なのかな、と思っています。
そうはいっても、今までやってきたことからは修得したものがある。これは、こちらの世界ではあまり使い道がないのだけれど、別のところでは使える。そのような転換で、そのときに足さなければいけないもの、引かなければいけないものがある。そこで、引かなければいけないものは「アンラーニング」、足さなければいけないものは「学び直し」と呼んでいる。そういうことかと考えています》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5413
この為末先生の問題提起について、柳川先生は次のようにおっしゃいます。
《時代が変わり、時代が要請するものに自分を合わせなければいけないというのは確かにとても大きな側面だと思います。しかし、私が思うに、おそらくリスキリングと今、呼んでいるもので、多くの人に要求され、必要とされているものは、そこよりももう少し、先ほどの為末さんのいう「遊」の部分に近い。最近流行している言葉でいうと「自律性」だと思うのです。そのための能力が、改めて必要になっているということではないでしょうか》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5413
これまで社会人であれば、「あれをやれ」「これをやれ」ということは勤務先にいわれてやってきた部分が多かった。しかし、いま時代の流れのなかで、それを個人が自律的にやらねばならなくなっている。「あなたは何をやりたいですか。やりたいことを学んでください」というところにずいぶんウエイトが変わってきたのだと。
たしかに人生100年時代を見すえる場合、まさに柳川先生のご指摘のとおりということになるでしょう。第二の人生を切り拓くのは誰でもない、自分自身なのですから。
発展しつづける人生のための「大人の学び」とは?
そのような流れを受けて、これからの時代の「大人の学び」について、どう考えるか。両先生は次のようにまとめられます。
為末:《多分ポイントは「好きを追求する」ということと、「自分の好きにとらわれないで、いろいろなものを見てみる」ということのバランスだろうと思います。
でも、「好きなことがあったら、それで幸せではないですか」というのも真のような気がします。それはどういうことかというと、好きを掘り下げていったことがいったいどこで自分の人生に生きてくるか分からないし、たとえ生きなくても、それで結構幸せは担保される気がするのです。
これからの時代は、「次の時代は何が来るのだろう」と予測して合わせていく学びではなくて、好きを探求していくことになってくる。「やはり、あれはやってみたかった。とても好きだった」ということをもう一度呼び起こしていくことが、結果としてリスキリングというか、幸せな人生につながるのではないか。私は、なんとなくそのような気がしています》
柳川:《「深める」と「広げる」の話は矛盾しているように見えますが、この二つは矛盾しないと思っています。どちらかというと、実はしっかり深めていくことで、しっかり広がっていくのだと思っています。やはりしっかり深めないで、少なくとも表面的な時代の要請を追いかけてみても、実は右往左往するだけだと思うのです。
やはりしっかり深めていくことが大事で、深めていって一般化、抽象化できるものを何か持っていると、その後は広げていける部分がずいぶんあると思う。そのように深められるものというのは、少なくともある種の忙しい大人の人たちからすると、やはり自分が楽しい、好きなもので、だから、それらをしっかり深めるのが、非常に大事なことだろうと思います。》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5414
この問題提起のあと、お二人の対話はさらに深まっていきますが、その内容については、ぜひ講義第6話をご参照ください。
現代の日本における「学び」のあり方が明確に位置づけられ、クリアに見えてくる名対談です。ぜひテンミニッツTVでの講義シリーズ本編もご覧ください。
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