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『鉄道路線に翻弄される地域社会』から考える鉄道と街の未来
日本は全国に鉄道を張り巡らせることにより発展してきました。鉄道は地域の発展を支える重要な存在です。一方、地方ローカル線は人口減少の煽りを受けて、存続が問われているという局面にあります。こういった日本全国の鉄道の現状と問題点について、その地域ごとに細かく検証し、あるべき姿を考える本が今回紹介する『鉄道路線に翻弄される地域社会 -「あの計画」はどうなったのか?』(鐡坊主著、ワニブックスPLUS新書)です。
著者の鐡坊主(てつぼうず)氏は1968年生まれの鉄道アナリストです。2020年11月に開設されたYouTubeチャンネルでは、鉄道を中心とする日本の地域交通のあり方について分析・解説しています。具体的には、GoogleEarth上で運行路線を示すことによって、その地形までわかります。これに加えて詳細なデータを加えながら全国の路線が解説されます。また、実際に凍結された路線計画案について、なぜそれが凍結されたのかを解説、検証するなど、とても現実的な分析が行われています。著書としては、本書のほかに『鉄道会社vs地方自治体 データが突き付ける存続限界』『鉄道会社 データが警告する未来図』(いずれもKAWADE夢新書)などがあります。
第1章で取り上げられているのは「北海道・東北」エリアです。北海道新幹線は札幌駅までの延伸工事が行われており、現在は新函館北斗駅までが運行されています。この新函館北斗駅は、函館市の北方に位置する北斗市にあります。この新函館北斗駅から函館市の玄関口となる函館駅までのおよそ18kmは、現在「快速はこだてライナー」が連絡(運行)しているという状況です。つまり、函館駅へ行くには新函館北斗駅での乗り換えが必要となります。また、この車両は通勤用の在来線車両です。よって、新幹線で北海道に来たお客さんを函館に呼び込むには、やや問題があると言わざるをえません。
この問題に対して、2023年に就任した大泉潤函館市長は、北海道新幹線の函館乗り入れに関する調査を開始しました。この調査での事業費は157億円から169億円と試算されています。
新幹線の規格で現在採用されているものとしては、「フル規格」と呼ばれるものと「ミニ新幹線」と呼ばれるものがあります。「ミニ新幹線」とは、在来線の線路幅を新幹線の標準軌1435mmに改軌し、一回り小さな車両で運行されるものです。これは山形・秋田新幹線で採用されています。調査で考えられたのは、フル規格の新幹線をそのまま函館駅に乗り入れるというものです。この場合、レールを外側にもう一本敷設する(三線軌条)が想定されます。これによる函館市の経済効果は114億円から141億円と試算されました。
ただし、この案だと新函館北斗駅でスイッチバックしたり、一部車両を切り離したりする必要が生まれ、運用が煩雑になります。また、この区間はJR北海道から経営分離され第三セクターとなることが考えられます。そこで、たとえば函館市が大株主となって車両コストを一定負担するという案も考えられますが、この場合、事業費は大幅に膨れ跳ね上がることも事実です。
2024年9月、函館市は車両費用をJR北海道に求めないこと、東京~札幌・函館直通、分割併合なしのフル規格車両の運用のみとして、より現実的な構想へと軌道修正を図っています。ただし、この構想は前例のないフル規格新幹線の在来線乗り入れであり、JR北海道も建設には否定的な見解を示しているそうです。
東京都は2023年3月に東京都副知事をトップとする「大江戸線延伸にかかる庁内検討プロジェクトチーム」を立ち上げています。これにより、大江戸線は「都心・多摩の鉄道ネットワークの強化」に掲げられた9つの路線の一つにリストアップされています。練馬区は2011年から大江戸線延伸推進基金の積み立てを開始しましたが、これは2024年度には80億円に達しています。
計画は光が丘駅から大泉学園町駅(仮称)までの3.2kmで、途中駅としては土支田駅(仮称)、大泉町駅(仮称)、の設置が想定されているなど、たいへん具体的です。また、この機運も十分に醸成されています。しかし、まだ事業化されていません。これはなぜなのかといえば、道路整備が進まないからです。
地下鉄は建設現場へアクセスする開口部を作り、建設資材などを搬入・搬出を行います。これを行う場所は公有地である道路上が最適です。このための道路整備の進行が事業化に向けて必要となります。しかし、この延伸部に整備中の「都市計画道路補助230号」と呼ばれる道路は、まだ用地買収の区間が残っている状態となっています。
私たちの生活は、あらゆる場所に鉄道が張り巡らされ、これが高速化していくことによってより発展してきました。一方で、人口が減り、鉄道の維持が難しくなっている地域もあります。そのような中、都市間移動をより高速化するためにリニア新幹線が着々と進んでいます。同時に、鉄道には莫大な税金が注ぎ込まれています。
こういったときには、それぞれの地域の利益をめぐる争いも起こります。そこで大事になるのは、客観的な情報やデータをもとにした現実的な提案ではないでしょうか。本書はこの点で大変興味深いものがあり、現在行われている鉄道の運用方法やそこで起こっている問題についても、あらゆる情報をもとに多角的な視点で分析されていきます。この意味で、鉄道の計画の裏になにがあるのか、どういう意図とどういう問題がぶつかり合っているのか、こういった複雑な状況を理解するのに最適な一冊いえるでしょう。
著者の鐡坊主(てつぼうず)氏は1968年生まれの鉄道アナリストです。2020年11月に開設されたYouTubeチャンネルでは、鉄道を中心とする日本の地域交通のあり方について分析・解説しています。具体的には、GoogleEarth上で運行路線を示すことによって、その地形までわかります。これに加えて詳細なデータを加えながら全国の路線が解説されます。また、実際に凍結された路線計画案について、なぜそれが凍結されたのかを解説、検証するなど、とても現実的な分析が行われています。著書としては、本書のほかに『鉄道会社vs地方自治体 データが突き付ける存続限界』『鉄道会社 データが警告する未来図』(いずれもKAWADE夢新書)などがあります。
函館駅に新幹線を通す計画を検証
本書は各地域エリアごとに章が分かれていますが、その一部を取り上げてみたいと思います。第1章で取り上げられているのは「北海道・東北」エリアです。北海道新幹線は札幌駅までの延伸工事が行われており、現在は新函館北斗駅までが運行されています。この新函館北斗駅は、函館市の北方に位置する北斗市にあります。この新函館北斗駅から函館市の玄関口となる函館駅までのおよそ18kmは、現在「快速はこだてライナー」が連絡(運行)しているという状況です。つまり、函館駅へ行くには新函館北斗駅での乗り換えが必要となります。また、この車両は通勤用の在来線車両です。よって、新幹線で北海道に来たお客さんを函館に呼び込むには、やや問題があると言わざるをえません。
この問題に対して、2023年に就任した大泉潤函館市長は、北海道新幹線の函館乗り入れに関する調査を開始しました。この調査での事業費は157億円から169億円と試算されています。
新幹線の規格で現在採用されているものとしては、「フル規格」と呼ばれるものと「ミニ新幹線」と呼ばれるものがあります。「ミニ新幹線」とは、在来線の線路幅を新幹線の標準軌1435mmに改軌し、一回り小さな車両で運行されるものです。これは山形・秋田新幹線で採用されています。調査で考えられたのは、フル規格の新幹線をそのまま函館駅に乗り入れるというものです。この場合、レールを外側にもう一本敷設する(三線軌条)が想定されます。これによる函館市の経済効果は114億円から141億円と試算されました。
ただし、この案だと新函館北斗駅でスイッチバックしたり、一部車両を切り離したりする必要が生まれ、運用が煩雑になります。また、この区間はJR北海道から経営分離され第三セクターとなることが考えられます。そこで、たとえば函館市が大株主となって車両コストを一定負担するという案も考えられますが、この場合、事業費は大幅に膨れ跳ね上がることも事実です。
2024年9月、函館市は車両費用をJR北海道に求めないこと、東京~札幌・函館直通、分割併合なしのフル規格車両の運用のみとして、より現実的な構想へと軌道修正を図っています。ただし、この構想は前例のないフル規格新幹線の在来線乗り入れであり、JR北海道も建設には否定的な見解を示しているそうです。
大江戸線延伸が進まないのは道路ができないから
東京の路線でも新たな建設計画がいくつも動いています。その一つに都営地下鉄大江戸線(都市高速鉄道12号線)の延伸があります。現在の終点・光が丘駅から、練馬区内の大泉学園町、埼玉県新座市、東京都清瀬市を経由して、埼玉県所沢市の東所沢駅まで延ばすというものです。既存の鉄道駅の1km圏内に入らない地域は「鉄道空白地帯」と呼ばれていますが、練馬区内の延伸部は東京23区内では数少ない鉄道空白地帯です。東京都は2023年3月に東京都副知事をトップとする「大江戸線延伸にかかる庁内検討プロジェクトチーム」を立ち上げています。これにより、大江戸線は「都心・多摩の鉄道ネットワークの強化」に掲げられた9つの路線の一つにリストアップされています。練馬区は2011年から大江戸線延伸推進基金の積み立てを開始しましたが、これは2024年度には80億円に達しています。
計画は光が丘駅から大泉学園町駅(仮称)までの3.2kmで、途中駅としては土支田駅(仮称)、大泉町駅(仮称)、の設置が想定されているなど、たいへん具体的です。また、この機運も十分に醸成されています。しかし、まだ事業化されていません。これはなぜなのかといえば、道路整備が進まないからです。
地下鉄は建設現場へアクセスする開口部を作り、建設資材などを搬入・搬出を行います。これを行う場所は公有地である道路上が最適です。このための道路整備の進行が事業化に向けて必要となります。しかし、この延伸部に整備中の「都市計画道路補助230号」と呼ばれる道路は、まだ用地買収の区間が残っている状態となっています。
複雑な鉄道計画問題を紐解くのに最適な一冊
ほかにも、本書では「品川~名古屋を最短で結ぶリニア中央新幹線」「大阪夢洲への鉄道アクセス方法」「バスドライバー不足が原因? 北陸鉄道に見る消極的な鉄道維持」「佐賀県はなぜフル企画新幹線を佐賀空港付近にしきたいのか?」など、日本各地の鉄道や鉄道を中心とした交通や都市計画について詳細な情報をもとに分析が加えられていきます。私たちの生活は、あらゆる場所に鉄道が張り巡らされ、これが高速化していくことによってより発展してきました。一方で、人口が減り、鉄道の維持が難しくなっている地域もあります。そのような中、都市間移動をより高速化するためにリニア新幹線が着々と進んでいます。同時に、鉄道には莫大な税金が注ぎ込まれています。
こういったときには、それぞれの地域の利益をめぐる争いも起こります。そこで大事になるのは、客観的な情報やデータをもとにした現実的な提案ではないでしょうか。本書はこの点で大変興味深いものがあり、現在行われている鉄道の運用方法やそこで起こっている問題についても、あらゆる情報をもとに多角的な視点で分析されていきます。この意味で、鉄道の計画の裏になにがあるのか、どういう意図とどういう問題がぶつかり合っているのか、こういった複雑な状況を理解するのに最適な一冊いえるでしょう。
<参考文献>
『鉄道路線に翻弄される地域社会 -「あの計画」はどうなったのか?』(鐵坊主、ワニブックスPLUS新書)
https://www.wani.co.jp/event.php?id=8371
鐵坊主氏のX(旧Twitter)
https://x.com/tetsu_bozu
『鉄道路線に翻弄される地域社会 -「あの計画」はどうなったのか?』(鐵坊主、ワニブックスPLUS新書)
https://www.wani.co.jp/event.php?id=8371
鐵坊主氏のX(旧Twitter)
https://x.com/tetsu_bozu
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