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『なぜ人は自分を責めてしまうのか』で考える母娘関係のいま
「あなたのためにやっているのに」――母親からこう言われたことのある方は少なくないのではないでしょうか。そして、そうした言葉を使うことの多い母親のもとで息苦しい思いをしたり、母親のことを重いと感じたりした人もいるのではないでしょうか。もしくは、そのこと自体すでに遠い昔のことなのにそうした記憶に苦しめられているという人もいるかもしれません。ここには、母親と子ども(特に娘)との間に支配的な関係があるというのです。
そういった母娘関係について、カウンセラーとしての経験をもとに、実際に苦しんでいる人の立場から考える書籍が『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(信田さよ子著、ちくま新書)です。本書は原宿カウンセリングセンターのオンラインセミナーで語られた内容を文字に起こし、筆者が加筆・修正したものです。語りがそのまま文字になっているので、その場で話を聞いているように読みやすく、信田氏の気さくな人柄も伝わってきます。
著者の信田さよ子氏は1946年、岐阜県生まれの公認心理師・臨床心理士です。お茶の水女子大学哲学科卒、同大学院修士課程児童学専攻修了。1995年に「原宿カウンセリングセンター」を開設し、長年、家族問題や依存症のカウンセリングに取り組んできました。現在は原宿カウンセリングセンターの顧問として活動しています。著書としては『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』(角川新書)、『アダルト・チルドレン』(学芸みらい社)、『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』(朝日文庫)や『共依存 苦しいけれど、離れられない』(朝日文庫)、など多数あります。
「AC」とは「現在の生きづらさが親との関係に起因すると認めたひと」と定義されます。この「生きづらさ」はとても主観的な言葉です。この定義がなされた1990年代初頭、人生がうまくいかないときにどうするかと考えたとき、「親が絡んでいる」とおおっぴらにいうことはタブーでした。
この定義には、「私たちはいくら自立した人間だ、私は自分で考えているといったところで、私たちを産み育て、日々膨大な今日を与えつづけた親の影響を点検せずには、本当は生きられないんじゃないか」という、信田氏の気づきが込められています。この「AC」という言葉によって、それまでぼんやりしていた娘の苦しみが、明確に問題化されたといえるでしょう。
一つ目は「母がケアによって娘の力を奪う」というものです。たとえば、娘が選んだ服はそれとなく否定し、「あなたのことは私がいちばんわかっているんだから。あっちの服がいちばんよく似合うわ」と言うようなやり取りです。ケアしたり愛情を注いだりすると、世話された人は世話をした自分より弱体化します。
二つ目に挙げられているのは、「あなたがいないと生きていけない」という言葉です。この言葉を言われた方(依存させる側)は無上の喜びを得ます。なぜなら、自分が相手にとっての神様になれるからです。つまり依存させる側は、相手に尽くすという自己犠牲と引き換えに、自分の支配欲を満足させることができます。
三つ目はジェンダーに関連します。現在でも女性に期待されるのは「かわいいこと」や「面倒見がいいこと」、「世話をちゃんとしてくれること」といったことかもしれません。また、パートナーに対しては支配的な男性も、母親には従順だったりします。この背景にあるのは、社会や家族観の軸が「夫婦」ではなく「親子」にあるという事実です。つまり日本には、そもそも母親が共依存的に子どもを支配することを推し進めるような空気があるといえるかもしれません。
共依存的な人に対しては、離れて距離をとる技術を身につけていくことが大事。一方で、自分が共依存的になっていると“自覚”した場合、その加害者性は「たいしたことない」とのこと。また、人が人に依存しようとすること自体は悪いことではなく、「自分が依存的だ」と自分を責める必要はない、といいます。問題は、依存させるように仕向けて相手を支配する“無自覚”な加害者性であり、「依存は、依存させる人の問題」だと信田氏は明言します。
また、こうした家庭では、「どうして?」ということに対して、説明(文脈化)ができません。そのことで頭の中がカオス状態に陥ります。このとき、「自分が悪い子だからなんだ」と考えることで、世界の合理性を獲得できるとのこと。こういった残酷さにもっと多くの大人は気づくべきです。続けて、子どもは「『責任ゼロ』であり、『生まれさせられる』という事実を外してはいけない」と信田氏は言います。
こう考えると、「産んでやった、ありがたいと思え」「お金をはたいて塾に行かしてやって大学まで出した。誰のお金だ」などとは言えないことがわかります。
本書は母娘関係の苦しみの由来や、その捉え方などが柔らかく語られます。ご興味のある方、特に母娘関係において心当たりのある方はじっくりと読んでみてください。自分ひとりでは気づけなかったことがきっと見えてくるはずです。
そういった母娘関係について、カウンセラーとしての経験をもとに、実際に苦しんでいる人の立場から考える書籍が『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(信田さよ子著、ちくま新書)です。本書は原宿カウンセリングセンターのオンラインセミナーで語られた内容を文字に起こし、筆者が加筆・修正したものです。語りがそのまま文字になっているので、その場で話を聞いているように読みやすく、信田氏の気さくな人柄も伝わってきます。
著者の信田さよ子氏は1946年、岐阜県生まれの公認心理師・臨床心理士です。お茶の水女子大学哲学科卒、同大学院修士課程児童学専攻修了。1995年に「原宿カウンセリングセンター」を開設し、長年、家族問題や依存症のカウンセリングに取り組んできました。現在は原宿カウンセリングセンターの顧問として活動しています。著書としては『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』(角川新書)、『アダルト・チルドレン』(学芸みらい社)、『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』(朝日文庫)や『共依存 苦しいけれど、離れられない』(朝日文庫)、など多数あります。
「AC(アダルト・チルドレン)」とはどういう人か
まずは第1章で多く語られている「AC(アダルト・チルドレン)」について、少し触れてみましょう。「AC」とは「現在の生きづらさが親との関係に起因すると認めたひと」と定義されます。この「生きづらさ」はとても主観的な言葉です。この定義がなされた1990年代初頭、人生がうまくいかないときにどうするかと考えたとき、「親が絡んでいる」とおおっぴらにいうことはタブーでした。
この定義には、「私たちはいくら自立した人間だ、私は自分で考えているといったところで、私たちを産み育て、日々膨大な今日を与えつづけた親の影響を点検せずには、本当は生きられないんじゃないか」という、信田氏の気づきが込められています。この「AC」という言葉によって、それまでぼんやりしていた娘の苦しみが、明確に問題化されたといえるでしょう。
共依存という支配の形
第2章では「共依存」という言葉が大きく取り上げられています。共依存を表す一番わかりやすいフレーズが「あなたのために」です。この言葉は、言われた本人から「拒む」という選択肢を奪う意味でたいへん脅迫的な言葉です。また、「これが親の愛なのよ」という意味も含まれています。この「母の愛」を語る母を「いかがわしい」と信田氏はいいます。こういった共依存における支配のかたちは、次の3つの様態に分けて紹介されています。一つ目は「母がケアによって娘の力を奪う」というものです。たとえば、娘が選んだ服はそれとなく否定し、「あなたのことは私がいちばんわかっているんだから。あっちの服がいちばんよく似合うわ」と言うようなやり取りです。ケアしたり愛情を注いだりすると、世話された人は世話をした自分より弱体化します。
二つ目に挙げられているのは、「あなたがいないと生きていけない」という言葉です。この言葉を言われた方(依存させる側)は無上の喜びを得ます。なぜなら、自分が相手にとっての神様になれるからです。つまり依存させる側は、相手に尽くすという自己犠牲と引き換えに、自分の支配欲を満足させることができます。
三つ目はジェンダーに関連します。現在でも女性に期待されるのは「かわいいこと」や「面倒見がいいこと」、「世話をちゃんとしてくれること」といったことかもしれません。また、パートナーに対しては支配的な男性も、母親には従順だったりします。この背景にあるのは、社会や家族観の軸が「夫婦」ではなく「親子」にあるという事実です。つまり日本には、そもそも母親が共依存的に子どもを支配することを推し進めるような空気があるといえるかもしれません。
共依存的な人に対しては、離れて距離をとる技術を身につけていくことが大事。一方で、自分が共依存的になっていると“自覚”した場合、その加害者性は「たいしたことない」とのこと。また、人が人に依存しようとすること自体は悪いことではなく、「自分が依存的だ」と自分を責める必要はない、といいます。問題は、依存させるように仕向けて相手を支配する“無自覚”な加害者性であり、「依存は、依存させる人の問題」だと信田氏は明言します。
子どもは「責任ゼロ」で「生まれさせられる」
本書の最終章では、「自分が悪い」と考えてしまう心理に迫ります。信田氏は「すべて自分が悪い」と考えることは合理的なのだといいます。虐待家庭では規範が一貫していません。「同じことを言っても、一週間前はけなされたのに、今日は褒められた」ということがあったり、規範を一所懸命守っているのに命の危機にさらされる、ということがあったりします。また、こうした家庭では、「どうして?」ということに対して、説明(文脈化)ができません。そのことで頭の中がカオス状態に陥ります。このとき、「自分が悪い子だからなんだ」と考えることで、世界の合理性を獲得できるとのこと。こういった残酷さにもっと多くの大人は気づくべきです。続けて、子どもは「『責任ゼロ』であり、『生まれさせられる』という事実を外してはいけない」と信田氏は言います。
こう考えると、「産んでやった、ありがたいと思え」「お金をはたいて塾に行かしてやって大学まで出した。誰のお金だ」などとは言えないことがわかります。
本書は母娘関係の苦しみの由来や、その捉え方などが柔らかく語られます。ご興味のある方、特に母娘関係において心当たりのある方はじっくりと読んでみてください。自分ひとりでは気づけなかったことがきっと見えてくるはずです。
<参考文献>
『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(信田さよ子著、ちくま新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480076748/
<参考サイト>
信田さよ子氏のX(旧Twitter)
https://x.com/sayokonobuta
『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(信田さよ子著、ちくま新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480076748/
<参考サイト>
信田さよ子氏のX(旧Twitter)
https://x.com/sayokonobuta
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