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DATE/ 2017.02.04

『君の名は。』『シン・ゴジラ』と3.11の関係とは?

 2016年は近年まれに見る邦画の当たり年でした。多くの質の高い映画作品が公開され、その中でも特に注目されたのは『シン・ゴジラ』、『君の名は。』、そして『この世界の片隅に』の3作品です。

 まさに昨年の邦画の顔といえる3作ですが、これらの作品の背景には2011年に起こった東日本大震災、通称3.11の影響があります。今回は、2016年の話題をさらった3作と3.11との関わりについて解説していきます。(未視聴の方はネタバレにご注意!)

この国を見捨てずにいこう―『シン・ゴジラ』

 12年ぶりに日本で制作されたゴジラシリーズの最新作。人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の監督である庵野秀明氏がメガフォンを握り、公開当初から大きな注目を集めていました。

「現代の日本にもしもゴジラが現れたら、政府はどう対応するのか?」という視点で描かれた本作では、ゴジラ上陸という一大事件を前に、右往左往する内閣府の様子がリアルに描かれ、まるゴジラ襲撃の疑似体験をしているような気持ちになる映画です。ゴジラがまき散らしていく放射能と、人が立ち入れないほどのホットスポットの発生、破壊されていく街と逃げ惑う人々の姿は、3.11の津波と、福島の原発事故がメタファーとなっています。ゴジラの進撃シーンは、否が応でも「あの日」の津波の情景を思い起こさせますし、ゴジラが東京の街をビームで破滅に追い込んでいく場面では、なぜか涙してしまったという人も多いのではないでしょうか。

 作中で、長谷川博己氏演じる主人公・矢口蘭堂は「この国はまだまだやれる」、「あきらめず、最後までこの国を見捨てずにやろう」と口にします。窮地に追い込まれる日本ですが、矢口の言葉通り、諦めず、この国を見捨てなかった人々の知恵と協力によって、起死回生の大作戦を成功させるという結末を迎えました。

 その光景は、「現実もこうだったらいいのに」という日本人の願望の体現でもあり、どこかで「まだ自分たちはやれる」という希望でもあるように思います。そしてちらと現実を振り返り「あぁ……」とため息をつきながらも、多くの人が熱狂したのです。

すべてなかったことにできたなら―『君の名は。』

『シン・ゴジラ』の公開から約1カ月後に公開されたアニメ映画『君の名は。』。年が明け2017年1月時点ですが、日本の映画興行収入ランキングを次々と塗り替え、2016年の大ヒット作となっています。監督は、『ほしのこえ』、『秒速5センチメートル』など、男女のもどかしいすれ違いや、詩的なモノローグ演出などで、一部で高い評価を得ていた新海誠です。

 新海監督自身、本作は「震災以降でなければありえなかった作品」と語っています。この作品は、前半こそ運命の絆で結ばれている若い男女の不思議な交流を描いていますが、後半の主題は隕石の落下による災害との戦いなのです。

 主人公の高校生、立花瀧と宮水三葉は、夢の中でお互いが入れ替わっていることに気付きます。奇妙な入れ替わり生活の末、瀧は三葉に会うために、彼女の住んでいるはずの岐阜県を訪れました。しかし、彼女の居た町は3年間に起きた隕石の衝突によって消滅。瀧のいる世界で、すでに三葉は災害に巻き込まれて亡くなっており、自分が入れ替わっていたのは3年前の、まだ生きていたころの三葉だったのだと悟ります。そこで瀧は、隕石が衝突する前の三葉ともう一度入れ替わることによって、三葉と町の人たちを未曾有の大災害から救うため、三葉とともに奮闘します。

 例え叶わぬ願いであったとしても「もしもあの日、あの時、あの場所に戻ることができたなら」と思うことはあるでしょう。多くの人がその思いを経験し、「すべてなかったことにできたなら」と思ったのが3.11でした。あの日失われた命を、あの場所に戻ることで救えたならば……。『君の名は。』は、この無情な現実に対して、多くの人が思い浮かべた願いを「現実逃避」ではなく、ファンタジーとして叶えた作品だったのです。

暮らし続けにゃならんのですけぇ―『この世界の片隅に』

 2016年も残り2カ月を切った11月にアニメ映画『この世界の片隅に』が公開を迎えました。監督は『マイマイ新子と千年の魔法』を制作した片渕須直氏。本作は第40回日本アカデミー賞で優秀アニメーション作品賞を受賞するなど、小規模上映、かつテレビでのCM放送がないという異例の状況にありながら、現在も人気を博し、日本映画史に残る名作とも言われています。

 本作は広島の軍港・呉市に住む、北條(旧姓:浦野)すずというひとりの女性の日常生活を描いた映画です。物語の舞台は第二次世界大戦末期ですから、すずは少ない配給で一家4人のご飯をどう作るかなど、貧しいながらに知恵をしぼって、失敗したり悩んだりしながら、ささやかに朗らかに日々を送って行きます。その生活に、じわじわと戦争が入り込んで来るのです。日常がいつの間にか非日常に浸食され、それにもやがて慣れて、危機的な状況さえも日常となって行きます。

 本作は3.11の以前に制作がはじまっていましたが、片淵監督は「震災を身近に感じながら制作をしていた」、「個人が、“望む人生を実現するため”に生きているのに、理不尽なことが起こり命が奪われる。命を奪われる側にとって、それは震災も戦争も一緒」と語っています。多くの観客にとって幸いにも今、戦火は身近なものではありません。その一方で、震災の記憶にいまだ消えさることはなく、空襲によって呉の町が焼け野原になる場面は、「津波の後のよう」と感じる人も多かったのではないでしょうか。

 作中、すずが「暮らし続けにゃならんのですけぇ」と朗らかに口にする場面があります。すずの生きている姿は特別前向きなものでも、諦めを感じさせる悲しいものでもありません。震災を超え、さまざまな記憶や思いを抱き、今ここに、ただ「普通」に生きているわたしたちそのものの姿です。どんなことがあっても、わたしたちは世界の片隅で生き続けなければならな―そんなメッセージが込められた作品です。

同年に公開された不思議な巡り合わせ

 いかがでしたでしょうか。震災から今年で6年。震災に対する作家たちからのアンサーともとれる3作品が、同年に公開されたというのは不思議な巡り合わせです。合わせて鑑賞することで、また違う感想や見方が発見できるかもしれません。お近くの映画館に、足を運んでみてはいかがでしょうか。

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