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宗教を通して世界を理解するために

宗教で読み解く世界(5)日本の不思議と世界のゆくえ

橋爪大三郎
社会学者/東京工業大学名誉教授/大学院大学至善館教授
情報・テキスト
日本にもともとあった神道と後から入ってきた仏教は、いわば水と油のような関係にある。そこで日本は時代により、神道と仏教を同じとみなす本地垂迹説と、神仏を分離する廃仏毀釈という、全く正反対の立場を取ることになる。その背景とともに日本の宗教について解説する。また、最後に橋爪大三郎氏が自著から世界の宗教を理解するためにおすすめの本を紹介する。(全5話中第5話)
時間:13:50
収録日:2019/01/21
追加日:2019/06/16
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≪全文≫

●宗教の社会的地位が低い日本


 橋爪大三郎です。私の話も5回目になりますが、日本についてお話ししましょう。

 日本の宗教というと、神道があり、後から仏教が入ってきています。ということですが、日本では宗教のことをあまり考えることがなく、宗教の社会的地位が低い。これが日本の特徴です。世界でこのような国はあまりないと、まず思っていただきたい。

 キリスト教の世界では、キリスト教という宗教の価値は非常に高いのです。イスラム教の世界では、宗教の価値はキリスト教の世界よりももっと高いかもしれません。ヒンドゥー教の世界では、宗教を担当するバラモンが一番社会のトップに君臨していました。中国は政治が頑張っているのですが、なぜ政治家が政治を頑張っているのかというと、儒教の原則を踏まえているからです。

 このようなわけで、世界の大部分の地域では、宗教は社会的地位が高く、最も尊敬され、その指導的な役割を担う人が深くそれにコミットするものなのです。


●行政指導に左右されてきた日本の宗教


 一方、日本では宗教はあまり大したことではないということになっているのです。これはいろいろ考えると、政府の行政指導のせいといえるかもしれません。江戸幕府は約300年にわたって仏教を軽視して、仏教に宗教活動をやってはいけないことにしました。その代わり、戸籍簿の整理とか、葬式とか、本来の仏教と関係ないことばかりさせて、それで何とかやっていきなさいというようなことになっていたのです。宗教に当たるものとして儒学があるから、武士は儒学をやりなさいということで、儒学と仏教を競わせていたのです。

 この江戸時代の約300年があった後に明治時代になったのですが、明治政府は考えました。外国のキリスト教が入ってきて、日本がクリスチャンになってしまって外国の言うことを聞いたら大変だ。植民地を見ると、宣教師が入ってきて、それで国中にキリスト教が広まって、民族独立ができなくなってしまったという例がたくさんあった。だから、この心配は理由がないわけではない。そこで、キリスト教を痛めつけるようなことにしたのです。でも、露骨に行うと外国が黙っていませんから、陰湿にという意味で、考えたのが神道を利用することでした。公民教育というものがあって、「天皇陛下は偉いお父さんです。天皇がいて、日本は神の国で良かったですね」というようなことを散々やっていたのです。

 だから、全ての宗教は国家神道より下ということになってしまいました。この癖が抜けないまま国家神道は解体してしまいましたから、皆、何が何だか分からなくなったのです。こういう経験をしているのは日本だけです。だから、これにこだわらないでください。宗教というのは大切な活動です。


●仏教と神道は水と油の関係


 さて、日本人にとって、宗教上の大きな問題は、神と仏の関係です。日本にはもともと神がいた。そこに仏が入ってきた。仏教と神道というべきか、もともとあった信仰との間には水と油の関係がありました。では仏とは何か。悟ったインド人で、ゴータマのことです。偉い知識青年で、日本人と関係はないのです。

 では神とは何かというと、いろいろな考え方があるのですが、私がとても信頼できる定義だと思うのは、『古事記伝』第三巻に書いてある、本居宣長の説です。本居宣長は神について、大体このようなことを言っています。神とは、『古事記』『日本書紀』など古御典(いにしえのみふみ)」に載っている神(もちろん、アマテラスとか、スサノオとか、いろいろな神が入ります)のことで、「其を祀れる社に座す御霊(みたま)をも申し」、つまり、神社に祭ってあるものも神様だというわけです。そうすると、明治神宮の明治天皇とか、東郷神社、乃木神社とか、靖国神社とか、そういうのも皆、御霊ですから、神になります。3番目がまだあって、鳥、獣、木、草、海、山、何でもいいから、「常ならず優れたること」とある。つまり、平均値を逸脱していて、それで私はびっくりした、感動したのであり、こういうものは皆、神である。このようなことを言っています。「優れたる」というのは、いい方向に優れていてもいいし、悪い方向に優れていてもいいのです。

 以上をまとめると、日本の自然を見て「ああ、感動した」となると、これは全部、神になります。自然には、山あり、川あり、木あり、岩ありと、いろいろなものがある。しめ縄を張るとご神体になるではないですか。つまり、日本の神道は自然崇拝であって、それを人格化した部分がある。こういうものなのです。


●仏教と浸透を調和させようとして唱えた本地垂迹説


 さて、こういうものがもともとの日本人の自然観、宗教観だとすると、仏教とつながりが悪いのです。仏教というのは、この世界のメカニズムを認識して、認識し...
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