●イギリス型の議会も機能不全を起こしつつある
曽根 次に、イギリスの議会ですが、もっと大人だなと、少なくとも議会で妥協ができると、考えられてきました。議院内閣制の良い点ですが、政府が提出した法案は、本来が多数ですから基本的には通るわけです。それがイギリスでは通らない。通らないだけではなくて、イギリスの議会から出てきた8つの案がいずれも多数を取れない。つまり、いってみれば議会が決められないということが、イギリスで起こってしまっている。多数派が多数でないということですね。
つまり、今までわれわれが想定してきた議院内閣制とか、政党政治といったものは、次々に覆されているんです。
では、こうしたことはかつてあったのかというと、ないことはないのですが、これほど極端な形で起こった例はありませんでした。そうすると、日本はイギリス政治を雛形にして政治改革をやってきましたが、反省する点はたくさんあるわけです。「アメリカの民主主義こそ」って思っていた人もいますが、それも反省するところがたくさんある。そういう意味では、政治学者にとって大変な危機ですよね。
―― なるほど。今まで正しいと思われてきたアメリカ型もイギリス型も全部否定されてしまった、と。ということは、先生、やはり日本の風土と歴史に根差して、結局は自分たちで考えざるを得ないということでしょうか。
曽根 はい。例えば、イギリスになくて日本にあるものといえば、国対(国会対策委員会)ですよね。委員会の理事会もイギリスにはないですよね。国対政治、理事会というのは、良くないものだとずっと言われてきました。だけど、そこにクッションがあることで、まだ合意の余地が生まれるという、ある種の知恵だったのかもしれない。
―― そうでしょうね。
●大陸のコンセンサス型民主主義の行き詰まり
曽根 となると、イギリス型だけが良いと主張してきた人も、もういっぺん「議会とは何か」となる。そして、片方は妥協をどの程度議会はやれるんですかということと、もう1つはやはり何だかんだいっても多数、つまり過半数ないと法案や予算は通らないわけですね。過半数を作り出す議会というのは、条件として必要ですね。では、どうすればそうした議会が生まれるのか。そこで、イギリスではなくて、ヨーロッパ型の政治が良いという人も随分いたわけです。
私が共同研究を行ったアーレンド・レイプハルト(オランダ出身のアメリカの政治学者)が唱えたのは、コンソシエーショナルデモクラシー(多極共存型民主主義)、つまりコンセンサス型です。ベルギーとかオランダとか、ドイツも一部そうですし、北欧なんかもそうですね。
どこに良い点があるのか。そもそも選挙自体が比例代表制なので、民意は反映されて、内閣構成や政策の妥協も比例代表制型にできる。こうした妥協型、コンセンサス型の政治は、イギリス型の党派対立をはっきりさせるアリーナ型の政治より良いといわれてきました。
ところが、ヨーロッパ大陸型で一見良さそうに思われていたものがうまくいかなくなってきた。例えば、比例代表の選挙ですから、多数派、過半数を取れる政党が出てきづらいのは、前から分かっていたわけです。つまり、連立政権になるのが当然だと。だけど、連立の交渉が簡単に行かなくなってしまったのです。
―― 確かにそうですね。
曽根 一番長いのはベルギーで、541日間、政府ができなかったのです。
―― 541日もですか。
曽根 はい。前の政権がそのまま続くわけです。541日ですよ。日本で1週間、政権ができなかったら、もう非難囂々(ごうごう)ですよね。
オランダは7ヵ月かかりました。ドイツでさえ4ヵ月。今まで1ヵ月程度でだいたいできていたのです。つまり連立の協定書を作るために妥協がありますよね。本当に連立方程式を解くように、それぞれの党派間で交渉して、厚い協定書を作ります。1ヵ月程度はドイツ人も我慢していましたが、最近では4ヵ月かかってしまう。オランダでは7ヵ月。ベルギーでは541日。だから、妥協型が良いといっても、どこまで我慢できるのか。そうすると、「選挙で、民意を比例代表で出せばそれで良い」という説はどうも受け入れがたい。
―― 難しくなってきた、と。
●イギリス型も大陸型も民主政のモデルといい難くなりつつある
曽根 何故かというと、大陸型は過半数の議席を取るのはとっても難しいからです。では、イギリス型が良いのか。党派対立があるし、あるいは議会というのはアリーナ、闘技場だというけれども、それも難しい。
ヨーロッパにどこにもモデルがないとすると、どこに何を求めたら良いのか、というのが一つある。では、アメリカはどうか。前回言ったように、アメリカが良いという人は、最近いなくなってきましたね。結局、日本で独自に考えろ...