●近過去の史料のほうから見えてきたこと
楠木 「国、リーダーは意志決定できないで思考停止している」「老害がバブルにしがみついて、日本は沈没する」「1人当たりGDP2位でも沈没」「今、26位くらいでも沈没」「人口が増えても諸悪の根源」「人口が減っても諸悪の根源」と言う……。どうすればいいのだと。だから、われわれにはリーダーが必要なのだと。
話を戻しますと、1人当たりGDPというのは、じっくりと眺めていると、つくづく面白いと思いますね。小国有利ですから、当然、大国劣位ということになります。中国が世界第1位の経済大国になるのは時間の問題だと思いますが、あれだけの人口を抱えているため、中国がどんなにプレゼンスを上げて豊かになったとはいえ、18年のIMF統計ですが、中国は、赤道ギニアよりも下なのです(中国が69位、赤道ギニアが68位)。
―― 1人当たりだと下ということですね。
楠木 それはなぜかというと、分母が大きいからです。
―― 人口が約14億人もいればそうなりますよね。
楠木 ええ。ですから、仮に1人当たりGDPが豊かさを示しているとしたら、分母が小さくなるのは、基本的にはいいことなのです。
ですから、人口減一つとっても、繰り返しになりますが、その過程で大変なことが起きるのではないかというのはその通りなのですけれど、そこはわれわれが挑戦するべきところで、そこさえ乗り越えれば、ポジティブなビジョンを描けると思うのです。
例えば、他殺というのが、死のリスクの1つとしてあるわけですが、日本の10万人当たりの人数の小ささには驚愕しますね。日本は0.2程度で、それより低い国がどこかといえば、バチカン、モナコ、アンドラ…。
―― なるほど。
楠木 シンガポールも入っていますが、5カ国しかない。これだけ他殺が少ないという意味で治安がいい国は、「どうやってできているのかな」というくらい、すごい達成だと思うのですよ。明らかに、昭和時代のほうが物騒だったと思います。
―― (当時のほうが)よほど殺されていたと。
楠木 ですから、こういう偉業を達成できる国というのは、成熟の1つのいい面だと思うのです。
―― 他殺率が10万人当たり0.2というのは、すごい数字ですね。
楠木 すごいと思います。
―― ある種、理想社会をつくっているわけですね。
楠木 ある面では、ですね。いいところのそのすぐ裏側には、大変な問題が必ずあるわけです。ですから、申し上げたかったのは、そのようなことも、ここ最近、近過去の歴史、しかも、歴史学者が考察した歴史書ではなく、史料のほうから見えてきたということです。そこで、歴史の「史」に料理の「料」で史料として、古新聞、古雑誌を見る「逆・タイムマシン経営論」というものを、皆さんにお勧めしているところです。
●ハッピーエンドから説き起こしたストーリーがリーダーには必要
―― 確かに、人口が増えることが、日本にとって明治以来の宿痾(しゅくあ)だったわけですよね。
楠木 いかに人口を抑制するかが最大の問題で、その潮目を無理やり変えたのが、東條内閣にも引き継がれた国家総動員体制なのです。
―― (人口を)増やせと。
楠木 ええ。それまでずっと何十年も日本は一生懸命、人口抑制政策を展開してきていた。ただ、それは軍部にとっては問題なのです。彼らは「産めよ、増(殖)やせよ」なので。だから、「日本国民は人口を抑制しなくてはいけないというばかな考えから早く頭を切り替えなければならない」と、東條英機はガンガン訴えていたようです。
楠木 それくらい人口が増えるのが問題だというのは、国家的コンセンサスだったということですね。
要するにそれはその後、強制的に人を外に出すという政策へと進んでいくのですが、戦後GHQの指導を受けたところ、どうも産児制限という考え方があるぞとなった。これは予防的な措置なので、啓蒙して進めていったのです。
そうして、せっかく人口が減ったのに、減ったと思ったら、「人口減が諸悪の根源」ということになってしまった。これでは、いかにリーダー不在かとしか言いようがないですね。
―― なるほど。そのためには、7000万人になったときに、いかに理想的な社会にするかということを言語化していく必要があるということですね。
楠木 ええ。「こんなつらいことになります」ということを希望とセットでロードマップにする。
―― 先生がよくいわれる「ストーリー」を時間軸で考えるということですね。
楠木 ええ。「ここでこういうことやると、こういうことが起きるので、最終的にこのゴールに到達できる」というように、ハッピーエンドから説き起こしていったストーリーが、今の日本では、マクロで、国のレベルで強く求められていると思いますね。
―― その部分でいえば、具体と抽象を...