●総合的な学問である地域研究は最高の学問
「国際地域研究へのいざない」というテーマで、地域研究の面白さや、重要性、その意味について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
私が大変尊敬している方に、岡崎久彦氏がいます。この人は、自他ともに認める異色の外交官で、同時に大変な歴史家です。思想家、哲学者と呼んでも良いでしょう。彼はある著書の中で、「地域研究は最高の学問だ」と書いています。
私は経済学を学んできましたが、この中には序列があります。経済学の最高の序列は、まず抽象理論です。それからミクロ経済学、マクロ経済学と、抽象度が徐々に下がっていくのです。それから、計量経済学から財政学、金融論、国際経済と続き、抽象度はかなり下がります。開発経済や労働経済では、さらに下がります。一番抽象度が低いのが地域研究です。これは、経済学の中の序列からいえば最低なのです。そのような世界に身を置いていたので、岡崎氏の指摘は非常に新鮮な驚きを受けました。
私は専門外ですが、政治学という分野があります。政治学は、ある既存の大きなパラダイムがある中で観察事実を整理し、そのパラダイムとの適合性を検定する学問だと思います。
ところが、地域研究では、非常に多様な要因を同時に考える必要があります。例えば地形や構造、そしてその中で人びとが持つ社会構造などが挙げられます。さらに、歴史的背景も重要です。加えて、周囲の国々との関係を分析する地政学、より広い世界からの国際関係、技術進歩などの観点も必要です。また、思想や宗教も関わってきます。関連する人物のことが分からなければ、その地域のことは理解できません。どのような教育を受けてきたのかという点も重要です。そうなると、地域研究の分野では仮説検定は容易ではなく、なじまないのかもしれません。したがってよくいえば、地域研究は総合理解の学問なのです。
岡崎氏は、ある国、ある時代に着眼し、あるがままの姿を観察して、事実を丹念にさまざまな角度から研究するといっています。そうした事実から、ある種の理解や示唆を得る点に、地域研究の面白さや高い価値があるのではないかといっていたように思います。
岡崎氏は、歴史を語る際に、しばしば左翼史観を批判しました。例えば、左翼史観の研究者は、得てして帝国主義を批判します。しかし岡崎氏にいわせれば、現代の観点...