●「働く」とは、キャリア資本を蓄積していくこと
―― 前回非常に重要な話をうかがいましたが、20年も30年も仕事をしてきて、しかも例えば「経理一筋30年」のような人の場合、それを手放すのが怖いというところも多分あるでしょう。また、変わっていくといっても、例えば「入社したときは製造のほうをやりたかったが、もう今さらね」ということになりがちだと思います。
人間の性格的な部分でのアイデンティからいっても、例えば「40年間生きてきたが、ここまできたものは、これしかない」というように、何かしら変わることへの怖さもあるかもしれないと思うわけです。これをどう変えるかというところで、プロティアン・キャリアの考え方は、全くガラッと変えるということでもないようですが、どういうイメージなのでしょうか。
田中 それには、こちらのスライドを見て、皆さんの中で起きていることをご理解いただくと分かりやすいかと思います。これからの「働く」というのは、キャリア資本を蓄積していくことだ、ということです。
同じメンバー、同じ仕事で長年働いていると、ビジネス資本の中の経験値が貯まっていきます。つまり、組織の中のプロフェッショナル化が起こり、「あの人に聞けば、なんでも分かるよね」というようになっていく。それは非常に大事なことで、ビジネス資本が貯まっていくと考えるわけです。
しかし、ビジネス資本というのはなくなりません。むしろ新しいチャレンジをしていったほうが、アドオン型でビジネス資本が貯まっていきます。
●ピボット型のキャリア形成とキャリアの日常化
田中 そのときの考え方をお伝えすると、例えば私などもミドルシニアのキャリア年齢に入ってきましたので、今までやってきたことを捨てようとは考えず、むしろ「ピボット」しようと思います。軸足として一つの支柱をつけ、これまでの専門性にもう一つ興味のあることをプラスする。それを社外で取り組んでもいいだろうし、学びというやり方でも副業のように働くやり方もある。さらにボランティア的な関わり方で、アドバイジングだけはしていくような方法もあるから、多様な形でキャリア資本を育てていけます。
つまり、プロティアン・キャリアはピボット型で、今までの蓄積を生かしつつ、しなやかに変幻していく。個人個人にとって、今までの過去は否定するものではなく、受容するものであり、武器にするものである。また、そのままだと同じところに留まっていることになるから、新しいチャレンジとして興味があることをやってもいいのではないか、と。
そのようにいうと、皆さんが結構「そういうことなのか。それならできそうだ」というふうに理解されているような気がします。
―― そこがまさに先生が「資本」とおっしゃることの意味であり、もともとあったものを生かして、どう展開していくかということになるわけですね。
田中 そうです。ここで少しキャリア資本についての解説もさせていただきますが、キャリアについてなかなかこういう考え方はされなかったのです。私は現代版『プロティアン』を皆さんにお伝えしているのですが、「キャリア論で何をやりたいか」というと、先ほどお伝えしたように、「キャリアを日常的なものにする」。これが、私のアジェンダです。
●キャリア資本とキャリア資産を比較する
田中 転職という「点」やきっかけのときに考えるのではなく、もっと常日頃からキャリア状態をチェックするようにする。そして、組織の中にキャリアを閉じ込めるのではなく、主体的にキャリア形成しようというのも、もう一つのチャレンジです。
そして、この二つをつなげるのであれば、われわれのキャリアとは何が起きているのか、これから何が起きていくのかということを説明しなければいけません。そこが、初期のダグラス・ホールによるプロティアン・キャリア説では足りないと思ったわけです。
そこに接続させたのが、このキャリア資本です。これも私が勝手に提唱しているというわけではなく、「キャリア・キャピタル(キャリア資本論)」ということで、欧米系の膨大な蓄積があります。ただし、まだ日本では全然紹介されていません。
そこでは、今までやってきたことは資産としてあると考えるわけです。それは、基本的には皆さんが打ち込んできた時間と経験によって形成されるものですから、目には見えません。
例えばキャリア資産とは何なのかというと、家や車や時計は有形資産として目に見えますが、そうではなく、もう少し無形なものです。例えば「企業買収ができます」「組織の中でマネジメントができます」「管理者業務を行っていました」「若手の育成ができます」と、いろいろ...