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トランプ大統領の演説にみる「物足りなさ」
「狭い・古い・内向き」だった大統領演説
2017年1月20日に行われたトランプ大統領の就任演説には、世界中の注目が集まりました。その演説について、選挙期間中からつぶさにトランプ氏の言動を観察、分析してきた政治学者で慶應義塾大学大学院教授・曽根泰教氏は「狭い・古い・内向き」と評します。「狭い」とは、議論の広がりや表現という点において平板であるということで、否定のレトリックも多数使われていました。「古い」とはそもそもの発想が古いということです。その発想の根底にあるのは「アメリカ第一主義」なのですが、トランプ氏の「アメリカ第一主義」は、1980年代な古い発想に基づいていると、曽根氏は分析します。「アメリカの製品を買え」「アメリカ人を雇え」という主張は、製造業中心の80年代に当てはまるもので、ITなどの新技術、サービスが稼ぎ頭となっているアメリカの実態にはそぐいません。雇用についても、完全雇用に近いアメリカの現状を考えると、的外れな主張と言わざるを得ないのです。「内向き」とは言わずもがなで、トランプ氏の今までの発言と何ら変わらず、安全保障上も貿易上も「アメリカファースト」の観点で述べられたのです。
つまり、総じて万人向けだが内容的には物足りない。大統領演説らしい格調にも欠け、不支持の多さや分断というアメリカの構造問題をどうやって乗り越えていくのか、疑問の残るものだったということです。
具体的なビジョンを欠いた物足りなさ
この就任演説で最も目立ったのは、具体的な政策ビジョンを示すことができていない点だ、と曽根氏は指摘します。通常、政権交代期には政策移行チームが過去の政策のレビューを行い、選挙中に掲げたパーティプラットフォーム(公約)のすり合わせもして、具体的な政策について議論します。その方向性を政策ビジョンとして披露するのが、大統領就任演説であるのですが、今回の演説内容は選挙キャンペーン中に言っていることとさして変わりありませんでした。否定のロジックだけでは限界がある
トランプ氏の主張の柱は、グローバリゼーションや新自由主義への挑戦的なもの、オバマケアや移民政策、ポリティカル・コレクトネス、性的少数者、気候変動などに対する異論、孤立主義的なアメリカファースト、などに代表されますが、いずれも現状の問題を並べたてる否定のロジックのみです。ポジティブな政策を示し、アメリカとしてどのように種々の問題を解決していくべきなのか、というビジョンが見えない。既存の政策、システムの欠陥をあげつらうばかりで、それをどう解決したらいいのかを示せない。これがまさしくトランプ氏の限界なのでしょう。たとえば、「移民を無制限に受け入れるのは危険だ」という主張は分かるとしても、中東・アフリカの7カ国を対象に、アメリカへの入国を禁止した大統領令は、これが今後アメリカが打ちだす政策だと世界に示せる解決策にはなっていません。事実、この大統領令については、野党のみならず与党からも批判の声があがり、差し止めを巡って連邦控訴裁での審理が続いています。
「結果オーライ」の選挙選、本番はこれからだ
こうしたトランプ氏の限界は、社会の構造変化を理解していないのではないか、という点からもうかがえます。選挙中、トランプ氏は「移民」とともに「格差」というキーワードを強調していました。この格差とは、もとをただせば教育、そして職業の問題なのだと曽根氏は論じます。つまり、大学、大学院でハイレベルの教育を受けた人たちが、高度な専門職についてそれなりの収入を得ていく。一方で、白人のなかでも教育を十分に受けられない層は、大した職にもつけず収入は伸びない。格差はますます広がっていくという構図です。
このような格差が広がり、社会の構造変化として顕在化しだしたのは1990年あたりから。ウォールストリートのエリートたちが富裕層を独占するのとは違った形での格差であり、白人層の分断化が明白となりました。曽根氏は、昨年の大統領選挙ではこの分断化された白人層の一方、すなわち教育を十分に受けられず、専門的職能を持たない人々に、たまたま「格差」というキーワードがヒットした、いわばトランプ氏の勝利は結果オーライだったと分析しています。
結果オーライで選挙に勝てても、実力が問われるのはもちろん、大統領になってから。果たして、指先介入やゴルフ外交とは違う形で、トランプ氏が大統領としての真価を発揮できる日はくるのでしょうか。
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