社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
中国・唐の名君は対立する意見をどう扱ったか?
中国・唐代に書かれた『貞観政要』は、名君の誉れ高い皇帝・太宗(李世民)の言行録。遣唐使が日本に持ち帰って以来、「長期政権の基本について書かれている書」として読み継がれてきました。この書の中で、最も有名な一節が、太宗が臣下に、「国や組織を創るのと維持するのとでは、どちらが難しいか」と問うた時の話です。「創業」、「守成」いずれの論にも学ぶべき点はあるのですが、老荘思想研究者・田口佳史氏は、どちらが正しいかよりも、この時の太宗の応じ方に着目します。
第一は「撥乱反正(はつらんはんせい)」、すなわち、創業の前に「乱れを打って正しさに返らなければいけない」ということ。欠点を残したまま、新しいことに取り組んではならないという教えです。
次に、創業、正しくは「創業垂統」について。業を創るには「垂統」、つまり国家や組織独自の伝統を忘れてはならないということです。伝統という基盤をすえてスタートを切らないと、国も組織も非常に危ういものになってしまうという意味です。
最後のキーワードは「継体守文」。国柄や社風といった「体」を継ぐにあたって、伝統、すなわち国や組織独自の文化を守ることの重要性を説いた言葉です。
この3点を理解したうえで、いよいよ太宗の問いの場面を読み進めます。
群雄割拠の時代、唐の建国を行い、また後継者争いを制し唐朝第2代皇帝となった太宗のそば近くに長年仕えてきた房玄齢ならではの意見です。
そして、こう続けます。「最初は良い志の下、スタートしても、組織が大きくなればなるほど、人は怠惰な方へ流れてしまうものだ。また、国民も常に安泰を願っているため、国家にとって必要な使役・労役を嫌うようになる。時が経つにつれ、上も下も疲弊してしまうわけで、そのような中、継続していくことの方がより難しい」。
次に、魏徴に向かって、「天下を安泰にしよう、怠惰に流れないようにと、いつも緊張感をもって政治を見てくれている。だからこそ、継続の方が難しいというのももっともだ」と言い、これまた魏徴の労をねぎらいます。
そのうえで、「房玄齢の努力の甲斐もあり、草創の難しさは去った。今は継続の難しさの中にある。皆でこの継続の難しさを乗り越えていくべきだ」と太宗は語ったのです。
意見が対立した時は、両方を立てよう、丸く収めようとしてどっちつかずの曖昧な態度をとってしまいがちです。双方の意見、心情を尊重し、その上で明確な方針を打ち出す。優れたリーダーとは、部下の心を丁寧に扱うのだということを、この『貞観政要』の一節は物語っているのです。
太宗が投げかけた難問-創業と継続、いずれが難しいか
『貞観政要』には、太宗が臣下に「帝王の業、草創と守文と孰(いず)れか難き」と聞いたと書かれていますが、この一節を読み解く前に田口氏は3つのキーワードを解説します。第一は「撥乱反正(はつらんはんせい)」、すなわち、創業の前に「乱れを打って正しさに返らなければいけない」ということ。欠点を残したまま、新しいことに取り組んではならないという教えです。
次に、創業、正しくは「創業垂統」について。業を創るには「垂統」、つまり国家や組織独自の伝統を忘れてはならないということです。伝統という基盤をすえてスタートを切らないと、国も組織も非常に危ういものになってしまうという意味です。
最後のキーワードは「継体守文」。国柄や社風といった「体」を継ぐにあたって、伝統、すなわち国や組織独自の文化を守ることの重要性を説いた言葉です。
この3点を理解したうえで、いよいよ太宗の問いの場面を読み進めます。
腹心の部下・房玄齢の答え-創業がより難しい
太宗が「創業と継続のどちらが難しいか」と尋ねると、まず房玄齢が答えました。ちなみにこの房玄齢は、古くから太宗に仕え、支えてきた人物です。彼は、「国の創業前では、社会が不安定で数々の戦い、競い合いが起こった。何も落ち着いていない非常に荒れた世の中で、多くの敵を打ち滅ぼした末に可能になるのが創業である」とし、創業の方が難しいと答えます。群雄割拠の時代、唐の建国を行い、また後継者争いを制し唐朝第2代皇帝となった太宗のそば近くに長年仕えてきた房玄齢ならではの意見です。
魏徴が「継続の方が難しい」とする根拠
一方、最近臣下となり、優秀な人材として重用されている魏徴はこう答えます。「全く何もないところに国を創る場合、前の悪いものを倒していくことになる。苦しんでいた国民を助けてやることになるわけだから、当然彼らの支持を得ることになる。創業にあたっては、天命も味方となり政権を助け、人材も与えてくれる」と言って、創業は難しくない、と意見を述べます。そして、こう続けます。「最初は良い志の下、スタートしても、組織が大きくなればなるほど、人は怠惰な方へ流れてしまうものだ。また、国民も常に安泰を願っているため、国家にとって必要な使役・労役を嫌うようになる。時が経つにつれ、上も下も疲弊してしまうわけで、そのような中、継続していくことの方がより難しい」。
その時、太宗はどう応じたか?
側近二人の意見が正反対に分かれてしまいました。いずれの意見ももっともで、どちらが良い、正しいと簡単に結論づけられない中、太宗は、まず長年の部下である房玄齢に向かってこう言います。「創業の方が難しいというのは、建国にあたって私と共に苦労を共にしてきてくれたからこその意見だ」とその労をねぎらいます。次に、魏徴に向かって、「天下を安泰にしよう、怠惰に流れないようにと、いつも緊張感をもって政治を見てくれている。だからこそ、継続の方が難しいというのももっともだ」と言い、これまた魏徴の労をねぎらいます。
そのうえで、「房玄齢の努力の甲斐もあり、草創の難しさは去った。今は継続の難しさの中にある。皆でこの継続の難しさを乗り越えていくべきだ」と太宗は語ったのです。
誰も傷つけずに前に向かわせる優れたリーダーシップ
田口氏は、太宗が意見の異なる二人を共に立てて誰も傷つけず、そのうえで両者が気持ちよく協力して、これからの事に向かおうとさせる、その采配を「これこそが名君の証」と讃えます。意見が対立した時は、両方を立てよう、丸く収めようとしてどっちつかずの曖昧な態度をとってしまいがちです。双方の意見、心情を尊重し、その上で明確な方針を打ち出す。優れたリーダーとは、部下の心を丁寧に扱うのだということを、この『貞観政要』の一節は物語っているのです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
トランプ関税はアダム・スミス以前の重商主義より原始的
第2次トランプ政権の危険性と本質(2)トランプ関税のおかしな発想
「トランプ関税」といわれる関税政策を積極的に行う第二次トランプ政権だが、この政策によるショックから株価が乱高下している。この政策は二国間の貿易収支を問題視し、それを「損得」で判断してのものだが、そもそもその考え...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/05/17
大隈重信と福澤諭吉…実は多元性に富んでいた明治日本
デモクラシーの基盤とは何か(2)明治日本の惑溺と多元性
アメリカは民主主義の土壌が育まれていたが、日本はどうだったのだろうか。幕末の藩士たちはアメリカの建国の父たちに憧憬を抱いていた。そして、幕末から明治初期には雨後の筍のように、様々な政治結社も登場した。明治日本は...
収録日:2024/09/11
追加日:2025/05/16
【会員アンケート】談論風発!トランプ関税をどう考える?
編集部ラジオ2025(8)会員アンケート企画:トランプ関税
会員の皆さまからお寄せいただいたご意見を元に考え、テンミニッツTVの講義をつないでいく「会員アンケート企画」。今回は、「トランプ関税をどう考える?」というテーマでご意見をいただきました。
第2次トランプ...
第2次トランプ...
収録日:2025/05/07
追加日:2025/05/15
相互関税の影響は?…トランプが築く現代版の万里の長城
世界を混乱させるトランプ関税攻勢の狙い(1)「相互関税」とは何か?
トランプ大統領は、2025年4月2日(アメリカ時間)に貿易相手国に「相互関税」を課すと発表し、「解放の日」だと唱えた。しかし、「相互関税」の考え方は、まったくよくわからないのが実状だ。はたして、トランプ大統領がめざす...
収録日:2025/04/04
追加日:2025/04/10
重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ
「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス
「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24