テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.06.30

中国・唐の名君は対立する意見をどう扱ったか?

 中国・唐代に書かれた『貞観政要』は、名君の誉れ高い皇帝・太宗(李世民)の言行録。遣唐使が日本に持ち帰って以来、「長期政権の基本について書かれている書」として読み継がれてきました。この書の中で、最も有名な一節が、太宗が臣下に、「国や組織を創るのと維持するのとでは、どちらが難しいか」と問うた時の話です。「創業」、「守成」いずれの論にも学ぶべき点はあるのですが、老荘思想研究者・田口佳史氏は、どちらが正しいかよりも、この時の太宗の応じ方に着目します。

太宗が投げかけた難問-創業と継続、いずれが難しいか

 『貞観政要』には、太宗が臣下に「帝王の業、草創と守文と孰(いず)れか難き」と聞いたと書かれていますが、この一節を読み解く前に田口氏は3つのキーワードを解説します。

 第一は「撥乱反正(はつらんはんせい)」、すなわち、創業の前に「乱れを打って正しさに返らなければいけない」ということ。欠点を残したまま、新しいことに取り組んではならないという教えです。

 次に、創業、正しくは「創業垂統」について。業を創るには「垂統」、つまり国家や組織独自の伝統を忘れてはならないということです。伝統という基盤をすえてスタートを切らないと、国も組織も非常に危ういものになってしまうという意味です。

 最後のキーワードは「継体守文」。国柄や社風といった「体」を継ぐにあたって、伝統、すなわち国や組織独自の文化を守ることの重要性を説いた言葉です。

 この3点を理解したうえで、いよいよ太宗の問いの場面を読み進めます。

腹心の部下・房玄齢の答え-創業がより難しい

 太宗が「創業と継続のどちらが難しいか」と尋ねると、まず房玄齢が答えました。ちなみにこの房玄齢は、古くから太宗に仕え、支えてきた人物です。彼は、「国の創業前では、社会が不安定で数々の戦い、競い合いが起こった。何も落ち着いていない非常に荒れた世の中で、多くの敵を打ち滅ぼした末に可能になるのが創業である」とし、創業の方が難しいと答えます。

 群雄割拠の時代、唐の建国を行い、また後継者争いを制し唐朝第2代皇帝となった太宗のそば近くに長年仕えてきた房玄齢ならではの意見です。

魏徴が「継続の方が難しい」とする根拠

 一方、最近臣下となり、優秀な人材として重用されている魏徴はこう答えます。「全く何もないところに国を創る場合、前の悪いものを倒していくことになる。苦しんでいた国民を助けてやることになるわけだから、当然彼らの支持を得ることになる。創業にあたっては、天命も味方となり政権を助け、人材も与えてくれる」と言って、創業は難しくない、と意見を述べます。

 そして、こう続けます。「最初は良い志の下、スタートしても、組織が大きくなればなるほど、人は怠惰な方へ流れてしまうものだ。また、国民も常に安泰を願っているため、国家にとって必要な使役・労役を嫌うようになる。時が経つにつれ、上も下も疲弊してしまうわけで、そのような中、継続していくことの方がより難しい」。

その時、太宗はどう応じたか?

 側近二人の意見が正反対に分かれてしまいました。いずれの意見ももっともで、どちらが良い、正しいと簡単に結論づけられない中、太宗は、まず長年の部下である房玄齢に向かってこう言います。「創業の方が難しいというのは、建国にあたって私と共に苦労を共にしてきてくれたからこその意見だ」とその労をねぎらいます。

 次に、魏徴に向かって、「天下を安泰にしよう、怠惰に流れないようにと、いつも緊張感をもって政治を見てくれている。だからこそ、継続の方が難しいというのももっともだ」と言い、これまた魏徴の労をねぎらいます。

 そのうえで、「房玄齢の努力の甲斐もあり、草創の難しさは去った。今は継続の難しさの中にある。皆でこの継続の難しさを乗り越えていくべきだ」と太宗は語ったのです。

誰も傷つけずに前に向かわせる優れたリーダーシップ

 田口氏は、太宗が意見の異なる二人を共に立てて誰も傷つけず、そのうえで両者が気持ちよく協力して、これからの事に向かおうとさせる、その采配を「これこそが名君の証」と讃えます。

 意見が対立した時は、両方を立てよう、丸く収めようとしてどっちつかずの曖昧な態度をとってしまいがちです。双方の意見、心情を尊重し、その上で明確な方針を打ち出す。優れたリーダーとは、部下の心を丁寧に扱うのだということを、この『貞観政要』の一節は物語っているのです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

世界で最もクリエイティブな国は? STEAM教育が広がる理由

世界で最もクリエイティブな国は? STEAM教育が広がる理由

数学と音楽の不思議な関係(4)STEAM教育でつくる喜びを全ての人に

世界では「創造性がどれくらい大事か」という問題意識が今、急激に高まっている。創造性とは全ての人にあり、偏差値などでは絶対に計れない、まさに無限軸の創造性のこと。そうした創造性を育む学びが「STEAM教育」である。最終...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/09/18
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
2

なぜ日本の所得水準は低いのに預金残高は大きいのか

なぜ日本の所得水準は低いのに預金残高は大きいのか

続・日本人の「所得の謎」徹底分析(2)政府債務と預金残高の背景

国際的に見て、政府の債務残高が大きい日本。その背景には、バブル崩壊後の財政赤字を取り戻せていないことがあった。その一方で、預金残高も高い日本。所得が低いのに預金が多い日本の謎を解説する。(全4話中第2話)
※...
収録日:2025/07/10
追加日:2025/09/17
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員 YODA LAB代表 金融・経済・歴史研究者
3

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

経験学習を促すリーダーシップ(2)経験から学ぶ力

人が成長していくために重要な経験学習。その学習サイクルを適切に回していくためには、「経験から学ぶ力」が必要になる。ではそこにはどのような要素があるのか。ストレッチ、リフレクション、エンジョイメントという3要素と、...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/17
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授
4

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

「集権と分権」から考える日本の核心(5)島国という地理的条件と高い森林率

日本の政治史を見る上で地理的条件は外せない。「島国」という、外圧から離れて安心をもたらす環境と、「山がち」という大きな権力が生まれにくく拡張しにくい風土である。特に日本の国土は韓国やバルカン半島よりも高い割合の...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/15
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
5

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か~不戦不敗の要諦を問う(1)著書『外交とは何か』に込めた思い

外交とは国益を最大化しなければいけないのだが……。35年にもわたる外交官経験を持つ小原氏が8年がかりで書き上げた著書『外交とは何か 不戦不敗の要諦』(中公新書)。小原氏曰く、外交とは「つかみどころのないほど裾野が広い...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/09/05
小原雅博
東京大学名誉教授