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DATE/ 2017.07.03

21世紀のいま、ローマ史を学ぶ意義とは?

 「古代ローマ史を学ぶ意義は?」と問われたときに、「世界史のなかでも、特にローマ史に絞る意味は?」と問い返したくなる方は、多いのではないでしょうか。歴史を学ぶこと自体については、ドイツの鉄血宰相ビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」の言葉が言い尽くしています。しかし、それだけで言い切れない何かが、ローマ史には潜んでいるということなのです。

時間も領土も、たて横そろったローマ史の魅力

 ローマ帝国の特殊性を、ローマ史研究家の早稲田大学国際教養学部特任教授・本村凌二氏は、その時間的な長さ(1200年、東ローマ帝国も含めると2000年)と版図の広さ(現在のEUなど比較になりません)にあると指摘します。いわば「たて横そろった」状態なので、さまざまな場合に参照できるケースが多様に存在する、というわけです。

 自分の今置かれた位置づけから一旦離れ、似たような事象を時代も人物もかけ離れた歴史の中に探ってみることは、問題解決の何よりのカギとなります。英国人が愛してやまない政治家チャーチャルにも「過去をより遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」との言葉があります。

 さらに本村氏が「歴史に対する皮肉な見方」として、あえて紹介するのが、ビスマルクより一世代上の哲学者ヘーゲルの「人類が歴史から学んだことがたった一つある。それは、人類は歴史から何も学ばなかったということだ」という言葉です。実はこれこそが、歴史に学ぶ意義の大きさを反語的に伝える表現なのかもしれません。

人類史5000年のうち、古代でないのはたったの1000年

 移り変わりの激しいのは世の常ですから、「古代」のことを知っても「現代」には何の役にも立たないと切り捨てている方も多いでしょう。しかし、人類が初めて文字によって記録を残しはじめた5000年前を歴史のあけぼのと見ても、古代は4000年の長きに渡ります。つまり、残りの中世・近世・近代・現代は、合わせても1000年の歴史しか持っていないということです。

 長い4000年の古代の間に、人類は文字を使い、貨幣を流通させ、政治形態や宗教、そして国家の制度を整えてきました。21世に入って以来、テロリズムや地政学上の脅威が身近になっている現代にこそ、我々の行動を古代のシステムがどれほど規制しているかを見つめる必要がある、と本村氏は言います。

 複雑にもつれた問題を考えるときこそ、原初にさかのぼる必要があるのでしょう。ローマ史は、ビジネスや人間関係に悩む人にとって、宝の山なのです。

一流の知識人が認める歴史の一級ブランドとして

 本村氏自身が大学院生だった頃、ローマ史を本格的に研究する決意に確信を得たのは、戦後の代表的知識人である丸山眞男氏による次の言葉でした。

「ローマ氏の中で人類史の経験がほとんど行われている。あの1200年の歴史の中には、人類が経験するようなことがほとんど行われていて、いわば社会科学の一つの実験場のようなものとしてある」

 一方、ローマ史を「世界史の中の一流ブランド」と讃えるのは、『ローマ人の物語』全15巻を約15年かけて書き継いだ、イタリア在住の作家塩野七生氏です。塩野氏は、一連の著作により日本における古代ローマ史やイタリア史、イタリア文化への関心を高めたことから、ローマ名誉市民、イタリア永住権、さらにイタリア共和国功労勲章グランデ・ウッフィチャーレ章を獲得しています。

 人類史5000年のうちの4000年を占める古代史の一番最後に出てきて、古代を締めくくり、中世への橋渡しをするのがローマ史。「人類史の経験がほとんど」入っているという、その変革の様子を参照することは、単なる振り返りや懐古趣味には終わらないでしょう。
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授