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DATE/ 2017.09.25

バルチック艦隊迎撃作戦に見る「意思決定プロセス」

 東郷平八郎は、世界三大提督の一人に数えられるほど偉大なる軍人として名を馳せた人物ですが、日露戦争では連合艦隊司令官長として指揮をとりました。その時、東郷のとった作戦が、現代のビジネスや人生のさまざまな局面でどのような意思決定プロセスを踏むべきかという点において、重要な示唆を与えてくれるのです。

3つのステップと3つの観点

 東郷がとった作戦とは、当時ロシアが世界に誇ったバルチック艦隊を迎撃する際の作戦のことです。日露戦争の最中、日本軍により大打撃を受けたロシア軍は、新たな戦力としてバルチック艦隊を編成し、ウラジオストック入港に向かっていました。戦艦兵力においては日本軍に大きく優るこの艦隊の迎撃作戦を、東郷はいかに立て、実行したのか。その一連の流れを、第49代自衛艦隊司令官・山下万喜氏が、現在の西側諸国が採用している意思決定プロセスに基づいて説明します。

 そのプロセスとは、まず「使命の分析」、つまり与えられた任務で「何をすべきか」を検討することから始まります。次に「情勢の分析及び彼我方策の見積もり」で、作戦環境や敵・味方の戦力バランス・方策等を見渡します。現代のビジネス社会に置き換えれば、業界や他社情報を収集、客観的に分析して方策を練る段階といえるでしょう。続いて、「彼我方策の対抗・評価」です。ここでは、敵・味方の採り得る方策を具体的に組み合わせ、その予想結果を分析します。その際に用いるのが、スィータビリティー(どの程度使命遂行に役立つか)・フィージビリティー(実施できるか)・アクセプタビィティー(結果に耐えられるか、リスクはどの程度あるか)の3つの観点。こうして方策を複合的に比較検討し、総合評価して最善策の決定へとプロセスは進みます。

「撃破」ではなく「全滅」を使命と見定める

 このプロセスの中で山下氏がとりわけ重視するのは「使命の分析」です。ここで見誤ってしまうと目的の達成ができなくなるため、大変に重要な手続きなのです。日本連合艦隊は「東洋に在る露国艦隊の全滅を図るべし」との命を受けており、したがって東郷はバルチック艦隊の単なる撃破ではなく、「全滅」を念頭に、作戦方針に向かったのでした。

 「情勢の分析及び彼我方策の見積もり」では、バルチック艦隊の一部たりともウラジオに入港させてはならないという状況を踏まえて、兵力を集中して狭い海域で迎撃を行うという方針が立てられます。ここからあらゆる方策を比較検討し、連合艦隊はどこで待機すべきかの検討に進みます。

東郷の使命遂行策とリスク管理

 山下氏は、「もし自分が東郷平八郎だったら」とシミュレーションをしながら、敵側の方策、日本軍の方策を縦横に配置したマトリックスを用いて、日本軍が対馬海峡に近い鎮海湾で待機、隠岐島又は七尾湾で待機、津軽海峡に近いむつ湾で待機という3つのケースを想定します。そして、それぞれのケースを、スィータビリティー・フィージビリティー・アクセプタビィティーの観点で検討、検証。その上で「東郷はスィータビリティーを優先した」、つまりバルチック艦隊の全滅を重視し、ロシア軍が対馬海峡を通過しても、津軽海峡を通過してもいずれも全滅を達成できる「鎮海湾で待機」を最善策と判断した、と山下氏は結論しました。

 同時に、東郷のリスク管理にも注目。彼は、敵が通過する海峡を見誤るというリスクを考慮し、九州西方の広い海域に監視用の艦戦を多数配備したのです。

 こうして連合艦隊はバルチック艦隊に対して圧勝といえる戦果を挙げ、日露戦争勝利に大きく踏み出したのでした。

「何ができるか」ではなく「何をすべきか」で考える

 山下氏によると、東郷はこのような意思決定プロセスをノウハウとして知っていたわけではないが、必然的にその方法を体得していたということです。また、その作戦の成功の大きな要因は、明確な「使命の分析」により「バルチック艦隊全滅」を全ての成すべきことの上位に置いて方策を練ったことだ、と山下氏は語っています。その結果、敵の艦隊がどの海峡を通ったとしても対応可能な万全のリスク管理の方策も、もらさず立てることができました。

 通常、私たちは何かミッションを与えられると、「何ができるか」「どうやったらできるか」など、できる・できないからスタートしてしまいがちです。できない理由を並べて、消去法で残ったできることを選択するため、方策、方法は限定的となり、飛躍が期待できないという状況になりかねません。

 「何ができるか」から入るか、「何をすべきか」から始めるか。この違いが大きな差を生むことになる。そのことを、世界海戦史上最も完全に近い勝利とされる東郷平八郎のバルチック艦隊迎撃作戦が教えてくれているのです。これは、現代社会でリーダーシップを発揮する際にも、重要な点であるといえるのではないでしょうか。
(10MTV編集部)