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知っておきたい! ニッポンのマーケット進化史
「株式市場」「築地市場」「市場経済」など、「市場」と名のつく言葉は数多くありますが、その意味を正確に説明することはできますか。
『マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史』(横山和輝著、日本評論社)では、市場とは「人々が物資を手放して交換する場」のことで、「市場での取引を通じて人々が日々の生活で必要な物資を手に入れることができる仕組み」を市場経済としています。
ところで、日本では歴史のある時点から「市場の機能に否定的な政策が実施」されてきたことをご存知ですか。それに対して、本書の著者・横山和輝氏は、本書において、日本の市場経済の歴史を解明し、「市場の機能を活かす工夫こそ、日本の経済発展の原動力だった」と力説しています。市場経済のメリット、デメリットとは何か。本書に沿って解説していきます。
横山氏は一橋大学大学院経済学研究科を経て、現在は名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授を務めています。専攻は経済史で、本書は雑誌『経済セミナー』(日本評論社)に連載されたコラム「経済史の小窓」が元になっています。
以下、より具体的に説明します。では、学生時代に培った歴史の知識をフル稼動して追いかけてみてください。
10世紀ころ、寺社と結びついていた神人や、寺院と結びついていた寄人らは、「関渡津泊の自由通行権や国家の臨時課役の免除といった特権」をもっていたということです。商人である彼らは次第に座衆としてビジネスを展開。同業組合である、座の誕生です。また、大山崎神人のように、「権威を欲しいままにする集団」も現れてきたといいます。
その背後には「石清水八幡宮ならび離宮八幡宮という権威があった」のです。この時代のポイントは「宗教的権威が非常に重要な役割を果たしていた」という点です。すなわち「神仏とマーケット」の時代でした。
ちなみに、楽市楽座は織田信長のオリジナルな発想ではなく、楽市令が最初に発せられた加納という地域ではもともと慣習として楽市が行われていたようです。
ただし、ポイントは信長がこれをあらためて「楽市!」と呼びかけたことでした。あらためて宣言することで、信長の支配力によって安全を確保したことを宣伝したということです。
余談ですが、信長の楽市楽座と類似しているのがエジソンと電球の関係です。エジソンは発明家としてよく知られ、電球も彼が発明したと思っている方が多いようですが、実際に発明したのはジョセフ・スワンというイギリス人でした。電球はエジソンが発明したものではないのです。その代わり、エジソンは広報と実用化に力を尽くし、結果的に偉人としてその名を世に知らしめました。
株仲間には、公権力の後ろ盾がありました。つまり、特権が付与されていたのです。特権には腐敗や争いがつきもので、それに対して、反発が起こります。とくに力をつけてきていた地域の「在郷商人」たちが声をあげました。
株仲間は次第に勢力を失い、老中・水野忠邦はついに株仲間の解散を命じるのですが、これが大きな混乱を呼びます。水野は株仲間が市場経済の機能をサポートしていたことを見逃したのです。株仲間解散は明らかに市場設計の失敗でした。
もうひとつの歴史上の失敗として、昭和の「金解禁」が挙げられています。金解禁とは金輸出の解禁、すなわち金本位制への復帰を意味しています。金本位制においては流通する通貨量を人為的に調整できません。つまり、金解禁は「市場の機能に対する信頼のもとに断行された政策」だったのです。
もちろん、このことが失敗だったというわけではありません。60年代の高度経済成長は「市場のメリットを否定する制度的枠組みのなか」で達成されたものだからです。
ただ、近年明らかになることが多くなった企業の隠蔽や不正、また過労死や長時間労働、正規と非正規の格差といったことが問題視される労働のあり方などを見れば、現行システムに大きな矛盾が生じていることもまた確かなことです。やはり、横山氏が指摘するように、「市場の機能を活かす工夫」が求められているのでしょう。
そのためには、私たち一人ひとりが個人レベルできることは金融リテラシーを高めていくことではないかと思います。横山氏は日本のマーケット進化の背景に高度な金融教育があったことを明らかにしています。ほんの少し時代をさかのぼると、意外にも一般庶民も高度な金融リテラシーを備えていたことがわかります。
このような事例を含め、これから個人がどう生きるかという観点からも、歴史にはたくさんの知恵が詰まっているのです。
『マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史』(横山和輝著、日本評論社)では、市場とは「人々が物資を手放して交換する場」のことで、「市場での取引を通じて人々が日々の生活で必要な物資を手に入れることができる仕組み」を市場経済としています。
ところで、日本では歴史のある時点から「市場の機能に否定的な政策が実施」されてきたことをご存知ですか。それに対して、本書の著者・横山和輝氏は、本書において、日本の市場経済の歴史を解明し、「市場の機能を活かす工夫こそ、日本の経済発展の原動力だった」と力説しています。市場経済のメリット、デメリットとは何か。本書に沿って解説していきます。
横山氏は一橋大学大学院経済学研究科を経て、現在は名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授を務めています。専攻は経済史で、本書は雑誌『経済セミナー』(日本評論社)に連載されたコラム「経済史の小窓」が元になっています。
マーケット進化史の7つの局面
日本のマーケット進化史には7つのフェーズがあったと、横山氏は記しています。01「律令制の時代:市場経済の黎明」、02「鎌倉・室町時代:市場経済の発展」、03「戦国時代:公権力による市場設計」、04「徳川時代:全国覇者による市場経済」、05「明治維新:産業化の時代」、06「関東大震災:市場の機能を活用した復興」、07「昭和:市場経済、冬の時代へ」の7つです。以下、より具体的に説明します。では、学生時代に培った歴史の知識をフル稼動して追いかけてみてください。
神仏とマーケット
律令制においては、国司が徴税という特権的な役割を担っていました。富裕民はそれを嫌って、有力貴族や大規模な寺社など荘園領主を頼るようになります。ここに、律令制から「荘園制」へのシフトチェンジが起こりました。特権とそれに対する反動が、マーケットの進化を促したのです。10世紀ころ、寺社と結びついていた神人や、寺院と結びついていた寄人らは、「関渡津泊の自由通行権や国家の臨時課役の免除といった特権」をもっていたということです。商人である彼らは次第に座衆としてビジネスを展開。同業組合である、座の誕生です。また、大山崎神人のように、「権威を欲しいままにする集団」も現れてきたといいます。
その背後には「石清水八幡宮ならび離宮八幡宮という権威があった」のです。この時代のポイントは「宗教的権威が非常に重要な役割を果たしていた」という点です。すなわち「神仏とマーケット」の時代でした。
楽市楽座のヒミツ
「神仏とマーケット」の時代に高まった宗教的権威に対して、「伝統的権威を否定する経済特区を設定」し、商売の自由を保障したのが、あの有名な織田信長の楽市楽座政策でした。これには、座の本所も大打撃を受けました。ちなみに、楽市楽座は織田信長のオリジナルな発想ではなく、楽市令が最初に発せられた加納という地域ではもともと慣習として楽市が行われていたようです。
ただし、ポイントは信長がこれをあらためて「楽市!」と呼びかけたことでした。あらためて宣言することで、信長の支配力によって安全を確保したことを宣伝したということです。
余談ですが、信長の楽市楽座と類似しているのがエジソンと電球の関係です。エジソンは発明家としてよく知られ、電球も彼が発明したと思っている方が多いようですが、実際に発明したのはジョセフ・スワンというイギリス人でした。電球はエジソンが発明したものではないのです。その代わり、エジソンは広報と実用化に力を尽くし、結果的に偉人としてその名を世に知らしめました。
株仲間解散と金解禁の失敗
江戸時代になると、株仲間が組織されます。この株について、本書では以下のように説明されています。「世襲制度のもとで固定化した地位・身分・業務・権限は、売買もしくは譲渡の対象となりました。これが株です」。そして、株を有する者同士が徳川政権の許可を得て、組織した同業者組合が株仲間です。株仲間には、公権力の後ろ盾がありました。つまり、特権が付与されていたのです。特権には腐敗や争いがつきもので、それに対して、反発が起こります。とくに力をつけてきていた地域の「在郷商人」たちが声をあげました。
株仲間は次第に勢力を失い、老中・水野忠邦はついに株仲間の解散を命じるのですが、これが大きな混乱を呼びます。水野は株仲間が市場経済の機能をサポートしていたことを見逃したのです。株仲間解散は明らかに市場設計の失敗でした。
もうひとつの歴史上の失敗として、昭和の「金解禁」が挙げられています。金解禁とは金輸出の解禁、すなわち金本位制への復帰を意味しています。金本位制においては流通する通貨量を人為的に調整できません。つまり、金解禁は「市場の機能に対する信頼のもとに断行された政策」だったのです。
企業の不正や過労死問題の根底にあるもの
実はこの1930年に実施された金解禁の失敗は現在もなお尾を引いています。それ以降、政府は「市場機能に否定的な政策」をとるようになったからです。たとえば、日本においては「資金配分にせよ、雇用契約にせよ、価格情報を駆使して人々が競争しあうなかで決められる」わけではありません。雇用に関していえば、終身雇用制度がその一例です。そうしたなかで、現在通じる、官僚型の企業システムを作り上げてきたということです。もちろん、このことが失敗だったというわけではありません。60年代の高度経済成長は「市場のメリットを否定する制度的枠組みのなか」で達成されたものだからです。
ただ、近年明らかになることが多くなった企業の隠蔽や不正、また過労死や長時間労働、正規と非正規の格差といったことが問題視される労働のあり方などを見れば、現行システムに大きな矛盾が生じていることもまた確かなことです。やはり、横山氏が指摘するように、「市場の機能を活かす工夫」が求められているのでしょう。
そのためには、私たち一人ひとりが個人レベルできることは金融リテラシーを高めていくことではないかと思います。横山氏は日本のマーケット進化の背景に高度な金融教育があったことを明らかにしています。ほんの少し時代をさかのぼると、意外にも一般庶民も高度な金融リテラシーを備えていたことがわかります。
このような事例を含め、これから個人がどう生きるかという観点からも、歴史にはたくさんの知恵が詰まっているのです。
<参考文献>
『マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史』(横山和輝著、日本評論社)
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7030.html
<関連サイト>
横山和輝『マーケット進化論』(横山和輝氏のブログ)
http://ecohis.blog.jp/
『マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史』(横山和輝著、日本評論社)
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7030.html
<関連サイト>
横山和輝『マーケット進化論』(横山和輝氏のブログ)
http://ecohis.blog.jp/
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