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DATE/ 2018.01.22

大国は同盟国を裏切る…日英同盟にみる歴史の教訓

 2017年11月5日~7日、トランプ米大統領が初来日しました。2016年の大統領選挙中は「日本の駐留米軍の経費を全額、日本に負担してもらう」などの発言で物議を醸したトランプ氏ですが、日米首脳会談では「日本がもっと武器を買えばいい」とストレートに提案。ディールはスムーズに運んだのか、ゴルフに会合に話題を振りまいて、安倍首相と笑顔で握手の2ショット。「日米同盟の揺るぎない絆を世界に向かって示した」と自画自賛モードを大いに示しました。

「見せかけの平和」がまかり通るトランプ時代

 こういったことを「パックス見せかけ(見せかけの平和)」と厳しく指摘するのが、歴史家の中西輝政氏です。1990年に『日米同盟の新しい可能性』で石橋湛山賞、2000年には『大英帝国衰亡史』で山本七平賞と毎日出版文化賞をダブル受賞した氏は、トランプ時代を日英同盟時代と重ねて注視しています。

 なぜ、トランプ時代は、日英同盟時代と似ているのでしょうか。中西氏は、アメリカが中国・ロシアとの関係において瀬戸際まで追い詰められてきているから、という見方をしています。

 アメリカが中国・ロシアの双方にいい顔を向けながら両者の間を分断し、かつ出費を最小限に抑える方法は、同盟国の切り捨てです。ただ、そうすればもちろん今のように同盟国から支えてもらうことはできなくなります。

 同盟国とのしがらみが損か得か。そんなドライな計算をせざるをえない立場に追い込まれていることが、20世紀初頭、世界覇権国の余裕を失っていたイギリスの状況と似ていると氏は分析します。

イギリスも日本も「後がなかった」日英同盟

 日英同盟を結んだ頃のイギリスは、ドイツ海軍の伸長で本国近海さえ危ぶまれる状況となり、世界に派遣した軍艦を呼び返す必要に迫られていました。しかし、そうするとアジアはガラ空きになり、ロシアの進出を許すがままになる。まことに困った状況が「栄光ある孤立」の内情でした。

 そこで目をつけたのが、元気のいい若い国である日本です。ただ、彼らから見た当時の日本は「極東の新興国」で、ハラが読めません。ほんの少し前まで刀を差して、欧米に対してひるまず真っ向から立ち向かってきた連中なのです。そんな相手と手を結ぶ心理的抵抗を乗り越えて、イギリスが日英同盟に踏み切ったのは、「もはや後がなかった」からにほかなりません。

 日英同盟を仔細に検討すると、「日本を助ける」という意図はなく、いざとなればイギリスが参戦するという条件も、かなりネグレクトされていたと中西氏は言います。しかし、イギリス以上に日本には「後がなかった」。みすみす裏切られ、見捨てられることは承知の上で、同盟を結び、決死の覚悟で日露戦争に臨んだのが当時の日本だったようです。

「大国は同盟国を裏切る」のが歴史の教訓

 日英同盟を積極的に推進した人に、当時の外務大臣だった小村寿太郎がいます。ハーバード大学を首席卒業、ウォール街で弁護士を務めた経験もあるので、欧米人の発想を心底理解していました。イギリスが「親日」感情から同盟を結ぶのでないこと、最後は日本が独力でやるしかないことは、彼が最もよく知っていたはずです。

 ずっと恐露派だった伊藤博文でさえ、「もういよいよとなったら、自分は浜辺へ出て竹やりででも」という本土決戦の覚悟を持って乗り出したのが日露戦争であり、日英同盟でした。

 歴史の教訓は「大国は同盟国を裏切る」ことだ、と中西氏。日米同盟はもちろん大事にしたいが、ここまで世界が大きな変動期を迎え、トランプ政権下のアメリカの姿も見えてきた以上、自助努力と自主防衛を考える必要がわれわれには迫られているのではないでしょうか。

 「パックス見せかけ」はアメリカだけでなく、ロシアや中国も強面に見せかけて、我を通そうとする大国です。実質のない上滑りな国際政治ばかりが空中戦のように飛び交う下で、日本も自分の足で立ち、外交能力を高める必要があると中西氏は呼びかけています。
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テンミニッツTV編集部
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