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DATE/ 2018.01.27

世代会計にみる将来世代の負担

 現在、消費税は2019年10月に8パーセントから10パーセントに引き上げが予定されています。消費増税のタイミングは2度にわたって先送りとなっており、その都度、国民からは安堵ともいえる声が多く聞かれたのは事実です。しかし、税金を払う側として消費増税先送りを願ってばかりもいられないのです。

世代会計にみる将来世代の負担

 この現状をより理解するために、法政大学経済学部教授の小黒一正氏は「世代会計」をもって説明しています。世代会計とは、国民一人が生涯の間に国に支払う額と国から受け取る受益額の差額を計算し、世代別に示したものです。負担額は税金、社会保険料などを含んでおり、受益額は年金、医療保険、各補助金などの給付から成っています。

 小黒氏によれば、内閣府が平成17年度に試算した世代会計は、60歳以上の世代は4,875万円受益額の方が多いのに対して、20歳未満の将来世代ではその構図が逆転、4,585万円の負担になってしまいます。これでは、若い世代が国民年金や社会保険料を支払うことに不満を抱いたりするだけでなく、働く意欲さえそがれてしまっても不思議ではないでしょう。

「公債の中立命題」は成り立つのか?

 この世代会計を話題にする際に、必ず論じられてきたことに「公債の中立命題」というものがあります。これは、公債は将来世代にとって負担になる可能性はあるが、親世代がたとえば5,000万円の得をしたとしても、その分を遺産として残せば、子世代の負担は相殺されていく、というものです。

 しかし、ここで小黒氏はいくつかの指摘をします。負担額の大きさが懸念されるのは20歳未満の将来世代、つまり受益額の大きい60歳以上の世代から見れば孫にあたる世代です。仮に60歳以上の高齢世代が5,000万円を残したとしても、それを受け継ぐのは親世代であり、そこから孫世代に渡されるまでには相当の時間がかかります。

 第二の問題として、そもそも高齢者はどれほどの資産を持っているのかということが挙げられます。「仮に60歳以上の高齢世代が5,000万円を残したとして」とは言うものの、これほどの資産を持っている人は一握り。平成21年度の「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、3,000万円以上の資産を持っている人は60歳以上で約2割、70歳以上では1割程度いるのですが、一方で貯蓄をほとんど持たない人も60歳以上で大体2割、70歳以上で2割いるという現実が明らかになりました。

 将来世代に資産を残すといっても、時間的な問題、そして受け渡すべき資産を持っている人の絶対数が少ないというのが大きな問題なのです。これでは、将来世代の負担は相殺されず、公債の負担の可能性も出てきてしまいます。

数千万単位の資産がなくても、子、孫のためにできること

 これらの問題の解決策として考えられるのが消費税引き上げなのですが、世論全体の支持を得ているとは言い難い現状です。2019年10月までに参院選、衆院選が予定されている中、世論を慮って再度の消費増税先送りの可能性がないとは言えません。

 だからといって、うかうかしていられないのも事実で、小黒氏の計算では、2017年の世代会計では、将来世代は8,000万円損する試算となっており、2019年に消費増税先送りされたことによって、既に将来世代の負担額は44万円拡大しているとのこと。今後の経済動向、景気、政治環境も含めて消費税引き上げは検討されるべきなのですが、先送りになればなるほど、将来世代の負担は限りなく拡大していく、ということを肝に銘じなければならないのです。

 子、孫の世代まで十分な財産を残してやりたいというのは、親として当然の願いでしょう。しかし、そうできると自信をもって言える人がどれほどいるのか。ならば、土地や預貯金で残すという以外にも、消費税引き上げを受け入れて多少なりとも国の財源確保に貢献する。こうすることで将来世代の負担を軽くする。これも一つの価値ある「遺産」の形なのではないかと思います。
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授