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DATE/ 2018.03.01

AIは子どものように学んで進化していく

AIは何度もぶつかって「ぶつからないように」を学んでいく

 2018年1月、日本ではソニーが12年ぶりに家庭用犬型ロボットaiboを復活させ話題になっていた頃、アメリカ・ラスベガスでは世界最大級の家電・IT見本市CESが開催されました。CESでは多くのメーカーによって自動運転技術が披露されたようです。

 こうした技術の進化は、ディープラーニングによってAIが画像認識能力を高め、運動能力を向上させていくことで可能になっていきます。東京大学大学院工学系研究科特任准教授・松尾豊氏からこのAIの学習過程を聞くと、まさに幼子が一つ一つできることを増やしていくそのプロセスと同じだなと思わされます。

 たとえば、トヨタ自動車が開発した自動運転技術では、対向車などが相当に乱暴な運転をしても、ぶつからないように上手に避けるようになっています。これは、AIを搭載した自動車が何度もぶつかる経験を試行し繰り返していく中で、相手の動きを認識してぶつからないようにするにはどうしたらよいかと判断し、運転する運動能力を高めていったのです。その他、日産自動車では脳波から運転手の動きを予測してハンドル操作などをサポートするシステムを開発しており、昨今頻発して問題になっている高齢ドライバーの事故軽減にも貢献するのではないかと、期待が高まります。

練習熱心なロボットたち

 2016年にGoogleが発表したのは、物がたくさん入った箱の中からロボットアームが目的のものをつかむという研究です。一見、単純に思えるこの動作が、実はロボットにとっては至難の業。多くの雑多な物の中から目的物を識別するだけでなく、その形状や重さ、どのような向きで入っているかによって、つかみ方を工夫しなければなりません。これもまた、つかんでは失敗して落とし、またつかんでは落としと何回もつかむ練習を繰り返し、学習してこのような動作が可能になっていきます。

 2018年1月には、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)が、さらに進化したロボットハンド「からくり」の開発成果を発表しました。イチゴなど果物のような一つ一つがやわらかく不定形なものも、確実に一つだけ、傷つけないようにつまむことができるロボットハンド。このレベルに至るまでにも、きっとつかんではイチゴをつぶして失敗し、といった過程があったのだろうと思わされます。

 松尾氏によれば、二足歩行ロボットも最初のうちはちょっとの凹凸や障害物にも転んでばかりだったとか。文字通り七転び八起きの学習を続けて、今では災害救助のタスクを難なくこなし、また、バック転のような驚きの能力を身につけたロボットも出現しています。

ここまで進化した自動翻訳技術

 これらの運動系能力ばかりでなく、言語の意味理解に関する能力にもめざましい進歩が見られます。異なる言語を、前後の文脈から判断して正確に翻訳する自動翻訳技術がさまざまに開発されているのは周知のことですが、松尾氏が紹介するのは画像を介した自動翻訳です。写真を示すと、その画像に合わせた文を生成する。たとえば、黒いシャツを着た男の人がギターを弾いている写真を入れると、”a man in black shirt is playing the guitar.”という文章が出来上がるというもの。

 それだけではなく、最近ではその逆の技術、つまりテキストを示すとその通りの絵が描かれる、といった技術まで研究されています。「象が砂漠を歩いている」とあれば、その情景が描かれるということで、松尾氏はこれを「まるで物語を聞きながらその情景を頭の中にイメージした、その通りのことがAIでも可能になり始めている」と評価します。

 これは、イマジネーション豊かな絵が瞬時に描かれるという楽しさもさることながら、テキストから判断して適切な絵が提示されることによって、日本人、中国人、アメリカ人、イラン人など、違う母国語を持つ人たちに一斉に同じように理解してもらう、いわばマルチ翻訳機能が期待できるわけです。

 ディープラーニングによって、これらの運動能力、言語理解能力をAIは続々と手にしているわけですが、その学習過程には、試行錯誤 切磋琢磨 七転び八起きといった、およそ機械には似つかわしくない人間くさい言葉が似合うのが、なんとも興味深いところです。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授