社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.07.18

テクノロジーが教育を進化させる時代

 フィンテックが世界を席巻する今、次の動きを「教育」に見る人が増えています。エデュテック(edtech)です。日本ではまだ注目され始めたばかりのエデュテックをふくむ教育界の動きについて、ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事の小林りん氏のお話を聞いてみましょう。

10年に一度の学び直しで、つねに自分をブラッシュアップ

 小林氏は、1998年に東京大学の学部を卒業。以来20年の間に二度の「学び直し」のチャンスを得、大学教育を活用してきました。もともとは経済学部のご出身ですが、20代で投資銀行やベンチャーの世界を経験した後、教育業界への転身を図ったのが一度目です。

 小林氏が進学したのはスタンフォード大学の大学院。そこで得た学びをもとにインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢設立準備財団(ISAK)を創設。100名のファウンダー(発起人)の支援により2014年夏に開校したのは、アジア太平洋地域でリーダーシップを発揮する人材の育成を目指す全寮制私立高校でした。2016年にはUWC(ユナイテッド・ワールド・カレッジ)がISAKを加盟校とすることを承認、2017年にはUWCの傘下として、新しい一歩を踏み出しています。

 グローバル教育の分野に携わって10年目になる2017年後半、小林氏はイェール大学の「ワールド・フェロー・プログラム」に選抜され、半年間の学びを体験することになりました。結局、社会人になってからの20年の中で2度の「学び直し」のチャンスを得、活用してきたのです。

学ばせたい16人を大学が選ぶ「ワールド・フェロー・プログラム」

 イェールのワールド・フェロー・プログラムは、全世界から2000~3000人の候補者から選ばれた16人を大学側が招聘して行われます。選考基準は、20~40代までの次世代リーダー候補生として、「世界を変えられる人物」というビッグなもの。大学が全額費用をまかない、あらゆる施設や教授陣を活用して研修が実施されます。

 いわば「日本のエース」としてこのプログラムを体験した小林氏は、「世界の同年代の人々の覚悟」と出会えたことを、何よりの収穫だと考えています。内戦下のリベリアで、国家体制が急速に変化するモンゴルで、人々は医師や法律家や教育者として、社会的使命感のもとに働いているのだという気づきでした。

 そしてまた、イェールからの招聘で受けたプログラムの充実は、教育のコスト問題をあらためて考えさせることになりました。今後、柔軟な学び直しを随時取り入れていくためには、廉価であることは大きな意味を持つからです。

ミネルヴァ大学のユニークなカリキュラム開発

 高度な教育内容を廉価に提供する実例として、小林氏が紹介するのは、「ハーバードより入りにくい」と注目されているサンフランシスコのミネルヴァ大学です。

 2014年創立のミネルヴァ大学はキャンパスを持たず、4年間で7都市を移動しながら学ぶという全寮制の大学。講義はすべてオンラインで行われますが、一般的なオンライン講座とは逆の発想で運営されています。学生が一箇所に集まって議論することを重視し、教授の側が世界各地からコールインする方式です。これにより教授はパートタイムの身分のまま、人件費を安く抑えることができます。従来の大学から研究機能を取り去り、教育に特化した点が、いわばコストダウンのコツといえるでしょう。

 学生たちはディスカッション中心の授業や、現地企業などと協働して進めるプロジェクトを通じて課題解決の手法を学んでいきます。そして一方、ミネルヴァ大学では、カリキュラム開発に膨大な時間をかけています。

 オンラインのデモ画面を見ると、教授側からはどの学生がどの程度発言しているか、どの学生がどのキーワードを拾っているかなどが一目瞭然に判るようになっており、特定の学生が授業についていけていないことをアルゴリズムがキャッチすると教授側にアラート(警告)が発されるといいます。テクノロジーと実地の学びの絶妙な組み合わせは、まさに「エデュテック」の名にふさわしく、最先端の学びを保障していると言えるでしょう。

 「教育に唯一の解はない」と小林氏。今後の教育界では、世界同時多発的に、多様な変革が起こっていくことが期待できそうです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か

アメリカは一体どうなってしまったのか。今後どうなるのか。重要な同盟国として緊密な関係を結んできた日本にとって、避けては通れない問題である。このシリーズ講義では、ほぼ1世紀にわたるアメリカ近現代史の中で大きな結節点...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/10
2

密教の世界観は全宇宙を分割せずに「つないでいく」

密教の世界観は全宇宙を分割せずに「つないでいく」

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(4)全てをつなぐ密教の世界観

岡本浩氏、長谷川敏彦氏の話を受けて、今回から鎌田氏による講義となる。まず指摘するのは、空海が説く『弁顕密二教論』の考え方である。この著書で空海は、仏教の顕教は「中論」「唯識論」「空観」など世界を分割して見ていく...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/20
3

島田晴雄先生の体験談から浮かびあがるアメリカと日本

島田晴雄先生の体験談から浮かびあがるアメリカと日本

編集部ラジオ2025(28)内側から見た日米社会の実状とは

ある国について、あるいはその社会についての詳細な実状は、なかなか外側からではわからないところがあります。やはり、その国についてよくよく知るためには、そこに住んでみるのがいちばんでしょう。さらにいえば、たんに住む...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/11/20
4

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方

人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
5

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本

組織のまとめ役として、どのように接すれば部下やメンバーの成長をサポートできるか。多くの人が直面するその課題に対して、「経験学習」に着目したアプローチが有効だと松尾氏はいう。では経験学習とは何か。個人、そして集団...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/10
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授