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DATE/ 2018.10.10

西武新宿線爆破計画から考える身近なテロ対策

 「テロ対策?普通に暮らしていれば縁がないわ」と日本人は思いがち。しかし、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて、テロは決して他人事ではありません。

 テロに関して、市民が気をつけるべきこと、できることについて、防衛省防衛研究所の主任研究員である片山善雄氏のお話を聞いてみました。

「他人事ではない」が防いだ西武新宿線爆破計画

 2018年8月下旬、名古屋市の男子学生が「過酸化アセトン(TATP)」を製造したなどで逮捕された事件は記憶に新しいと思います。TATPは市販の薬品で製造が可能。2015年11月のパリ同時テロでも使用され、欧米では「サタン(魔王)の母」とも呼ばれる殺傷能力の高い爆薬です。

 同じTATPを製造して東京都内で爆弾テロを起こそうとしたケースが、実は2007年6月にありました。大学院を修了したものの、就職先の見つからなかった男が、欲求不満で世間に恨みを持ち、職に就いている通勤客が乗った電車の爆破を計画した「西武新宿線爆破計画未遂事件」です。

 この計画は、薬局から警察に通報があったことで明るみに出ました。危険な薬品を必要以上に買っている人間がいると通報があり、調べてみたところ、自宅で爆発物を作っていたことが露見したのです。もし薬局からの通報がなければ、ラッシュ時の西武線が爆破されていたかもしれませんし、それにより何十人という方々が犠牲になっていたかもしれないのです。

「不審だけど…」が招いたノルウェー連続テロ事件

 西武新宿線爆破計画と対照的なのが、2011年7月のノルウェー、オスロにおける政府庁舎爆破殺傷事件です。犯人はオスロの政府庁舎を爆破した後、島へ渡り、キャンプ中の青年たちを銃撃しました。両方で77名の人々が殺害された、戦後ノルウェー最悪の惨事です。

 この事件では、犯人が住んでいた周辺の住民は、その不審な行動に気づいていたのです。大量の農薬を、使いもせずに買い込んで、どうするつもりだろうと思っていたらしいのです。しかし、通報はありませんでした。

 両者の経緯を比較して、「監視社会になるべきではないけれど、不審なものがあれば通報する習慣は大事」だと片山氏は言います。とくに東京のような巨大都市では、インフラのどこか一点に対する攻撃だけで、社会全体がまひし得る危険性を常に考える必要があるでしょう。

地域版パートナーシップの形成でテロや災害に強い社会を

 オリンピックのように一定期間、限定された地域に同一目的で多くの人々が集合することを、「マスギャザリング」と呼びます。この現象自体が危険とみなされていることも覚えておきましょう。非日常にあって興奮している人々が、何かあるとパニックに陥り、日頃は考えられない騒ぎが起こる可能性があるからです。

 オリンピックのテロといえば、1972年のミュンヘン五輪の選手村襲撃事件が思い浮かびます。しかし、警備が格段に厳重になった現在では、銃を持って選手村に出入りすることはまず考えられません。そのかわりに注目しないといけないのは「ドローン」などの新しいテクノロジーです。

 とくにマラソン会場の爆破について、片山氏は憂慮しています。2013年4月にはアメリカでボストンマラソン爆弾テロ事件が起こり、5人が犠牲となり、300人近くが負傷しました。沿道の観衆すべてをチェックすることは不可能だし、ドローンによる攻撃やサイバー攻撃も警戒しなければならないのです。

 このような危険を未然に防ぐのは、やはり市民の協力だと片山氏は言います。東京では、「テロ対策東京パートナーシップ」として、品川、東京空港、丸の内の3箇所で地域版パートナーシップが発足しています。また、オリンピックを見据えて「新宿区パートナーシップ」も2016年に始まっています。

 地域版パートナーシップは、テロ対策だけでなく巨大地震や津波などの災害対策にも有効だと期待されています。自治会・町内会などとの協力で、テロや災害に強い社会を実現しましょう。
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