社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.04.20

部屋を片付けられない理由を行動分析学で考える

 過去に「こんまり」こと片付けコンサルタント近藤麻理恵氏の著書が世界中でベストセラーになったりと、「なぜ人は部屋を片付けられないのか」は人類共通のテーマです。この大テーマに心理学の観点からアプローチするのが、法政大学文学部心理学科教授・島宗理氏が研究する行動分析学です。

ABC分析で行動と環境の関係を読む

 行動分析学では、「なぜ人は部屋を片付けられないのか」という問題を行動と環境の関係性で考えていきます。そこで、島宗氏はまず行動と環境を客観的に把握し、仮説を立てて実際の改善行動に移していくための「ABC分析」が必要だと説きます。

 脱いだ服でいつも散らかっているという人の行動と部屋(環境)を例にとりましょう。まず、服を脱ぐという先行事象(A)があり、通常であれば「脱いだ服をハンガーにかけたり引き出しにしまったりして片づける」という行動(B)が起こり、その結果として部屋が片付いた状態になるという後続事象(C)が生じます。

 しかし、このようにすんなりA→B→Cといかないから部屋は片付かないのです。実際の行動を観察実験すると、服を脱いでも既にクローゼットや引き出しが満杯で片づけることができない。仕方がないので、脱いだ服を適当にその辺に置いてしまう。ますます部屋は散らかっていく。こうした一連の行動を紙に書き出したり、あるいは日ごとに散らかっていく服の数を記録したりすると、行動と環境の関係が可視化され一目瞭然です。

 ここで、片付けるスペースという環境が確保できていないために片付かないということが分かりました。ではどのようにしたらいいのか? 「もっと広い部屋に移る」では解決になりません。環境だけ変えても行動を変えなければ、結果も変わらないからです。これでは広い部屋も狭い部屋と同じように散らかっていくのは目に見えています。行動と環境のどちらか一方ではなく、両者の関係で考えるのが行動分析学なのです。

「~できない」を性格や能力のせいにしない

 そこで、今度は限られたスペースという環境を変えるべく行動を起こします。古くなった服、何年も着ないまましまい込んでいた服がきっとあるはずです。それらを捨てる、誰かにあげる、リサイクルに出すなどして処分するという行動で、新たなスペースを確保します。こうして一連のA→B→Cがスムーズに繰り返し行えるように強化していくのです。

 注目すべきは、「なぜ部屋が散らかってしまうのか」を考えたときに、行動分析学では人の能力や性格のせいにしないということです。私たちは原因を考えるときに、つい「だらしがないから」「生まれつき整理整頓が苦手だから」と理由づけしてしまいがちです。

 しかし、このように性格や能力のせいにしてしまうと、「どうしたらいいか」という方向には考えが及びにくくなってしまいます。つい、なぜ片付かないのか→だらしがないから→なぜ「だらしない」と分かるのか→片付いていないから→なぜ片付かないのか→だらしがないから、と負のスパイラルにはまってしまい、このような状態に陥ることを島宗氏は「個人攻撃の罠」と呼んで警戒します。

 自分をコンプレックスのかたまりに閉じ込めてしまい、「なぜ」の言い訳を探したり落ち込んでいるばかりでは、いつまでたっても「どうしたらいいか」のステップに切り替えることができません。行動と環境の関係で分析、実践していくことが大切なのです。

 部屋が片付けられない、いつも遅刻してしまう、段取りよく作業を進められないといった自分の弱点が目に付いてしまったら、この行動分析学を味方にしてみましょう。大事なのは「行動と環境」のワンセットで切り替えを図ること。くれぐれも自分のせいにして諦めたり居直ったりしないように気をつけてください。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム

デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム

デカルトの感情論に学ぶ(1)愛に現れる身体のメカニズム

初めて会った人なのになぜか好意を抱いてしまうことがある。だが、なぜそうした衝動が生じるのかは疑問である。デカルトが友人シャニュに宛てた「愛についての書簡」から話を起こし、愛をめぐる精神と身体の関係について論じる...
収録日:2018/09/27
追加日:2019/03/31
津崎良典
筑波大学人文社会系 教授
2

偉大だったアメリカを全否定…世界が驚いたトランプの言動

偉大だったアメリカを全否定…世界が驚いたトランプの言動

内側から見たアメリカと日本(2)アメリカの大転換とトランプの誤解

アメリカの大転換はトランプ政権以前に起こっていた。1980~1990年代、情報機器と金融手法の発達、それに伴う法問題の煩雑化により、アメリカは「ラストベルト化」に向かう変貌を果たしていた。そこにトランプの誤解の背景があ...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/11
3

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(1)サイバー・フィジカル融合と心身一如

現代社会にとって空海の思想がいかに重要か。AIが仕事の仕組みを変え、超高齢社会が医療の仕組みを変え、高度化する情報・通信ネットワークが生活の仕組みを変えたが、それらによって急激な変化を遂げた現代社会に将来不安が増...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/12
4

『100万回死んだねこ』って…!?記憶の限界とバイアスの役割

『100万回死んだねこ』って…!?記憶の限界とバイアスの役割

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(2)バイアスの正体と情報の抑制

「バイアスがかかる」と聞くと、つい「ないほうが望ましい」という印象を抱いてしまうが、実は人間が生きていく上でバイアスは必要不可欠な存在である。それを今井氏は「マイワールドバイアス」と呼んでいるが、いったいどうい...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/09
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
5

カーク暗殺事件、戦争省、ユダヤ問題…米国内戦構造が逆転

カーク暗殺事件、戦争省、ユダヤ問題…米国内戦構造が逆転

戦争と暗殺~米国内戦の予兆と構造転換(1)内戦と組織動乱の構造

2025年9月、アメリカのトランプ政権は、国防総省を「戦争省」へ名称を変更した。それは内戦の構造を根本的に反転させる、大きな変化を象徴する出来事だった。政府から国民に対して行われるトップダウンの内戦とはなにか。ゲリラ...
収録日:2025/09/24
追加日:2025/11/05
東秀敏
米国大統領制兼議会制研究所(CSPC)上級フェロー