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消費税、書籍の「総額表示」の問題点とは?
現在、多くの商品で「総額表示方式」が一般的です。これは法律で決められているのですが、一部例外が認められてきました。その中に「書籍」があったのですが、2021年3月いっぱいで特例の期限が切れるようです。このことでさまざまな意見が出ているようです。ここでは、書籍に対する「総額表示」が今、どういう状況にあるのか少し詳しく見てみましょう。
書籍の特例期間は2021年4月に終了
平成25年(2013年)施行の消費税転嫁対策特別措置法では、書籍は特例としてその総額表示が免除されていました(雑誌はすでに総額表示)が、特例期間が終わる2021年4月から総額表示に切り替わります。このことについてTwitter上では、主に作家や編集者から「#出版物の総額表示義務化に反対します」というハッシュタグとともに総額表示の義務化に反対する動きが広まっています。同問題を取り上げたJ-CASTニュースには、「これを通されたら小さい出版社はのきなみ潰れ、ちょっとマニアックな本はぜんぶ消滅します」といった声が紹介されています。どういうことでしょうか。出版社や書店が抱えている点数はかなり多い
2003年に日本書籍出版協会などが財務大臣に対し提出した「消費税の価格表示に関する要望書」によると、出版社は多品種の既刊書在庫を約60万点、長期間保有しています。この時点から17年がたった今では既刊書在庫はもっと増えていると考えられます。また、書店ではだいたい坪あたり400点くらい置かれており、駅前10坪強の書店でも4,000点に達するとのことです。密度にするとコンビニの6倍。こういった莫大な数の既刊書の値段表示を一つ一つ変える作業には相当のコストがかかります。また、書籍は出版されてから何十年もかけて販売されるものもあります。こういったものの価格表示を、税率が今後どうなるか分からない状況で修正することは、リスクを伴う作業でもあります。1989年の消費税増税時には絶版が相次いでいる
2003年に日本書籍出版協会などが財務大臣に対して出した「消費税の価格表示に関する要望書」には、過去、総額表示にした際に起きた大きな問題があったことが分かります。これによると、1989年に日本で初めて消費税が導入された時には、店頭商品も含めて総額表示に一律に変更することになり、出版社においては、1社平均 3,623 万円(日本書籍出版協会調べ。全産業では 5 万円以下 55.9%、1,000 万円超 0.8%、大蔵省調べ)となったとのこと。この結果、経費等との兼合いから廃棄または絶版にせざるを得なかった専門書や小部数出版物が多数に上るという事態が起きています。さらには、取次会社や全国の小売書店においても、システムの変更、商品の入れ替えに伴う返品・再出荷の運賃負担などが生じたそうです。今回も恐れられているのはこの事態です。カバーの再印刷は不要
これらの点について財務省は、書籍などに挟み込まれているスリップ(本に挟まれている2つ折りの「補充注文カード」)のボウズ(「補充注文カード」の上部の丸い突起部分)への総額表示は「引き続き有効」としています。書籍自体またはカバーへの表示を税込価格に変更すること、そのほか「何らかの形で価格が表示されていれば認められる」とのことです。つまり、本の装丁(カバー)に記された価格は修正する必要はないということです。これであれば、何十万点という在庫の表紙をすべて刷りなおして装丁を付け替えるという手間は不要です。絶版は回避できるかもしれない
こうしたことから、今回の事態で返品が増え、これまでの本が絶版になるといった事態は回避できそうです。しかし、スリップは現状、廃止する出版社が増えています。また、スリップでも、もしくはしおりのようなものを使うにしても、印刷して交換する手間(費用)はかかります。何千冊という本にいちいちスリップを挟み込む手間が軽いものではないことは、想像に難くありません。一方、特例で延ばしていたのに、出版業界の対応が遅いという意見もあるようです。日本書籍出版協会は「出版現場から安価で手間がかからない表示方法案があれば、協会で検討したり財務省に確認する」としています。どのような方策が出せるか、ある意味、出版業界は時代に試されている時かもしれません。<参考サイト>
・出版物の総額表示 スリップは「引き続き有効」 財務省主税局が説明│文化通信社
https://www.bunkanews.jp/article/222020/
・消費税転嫁対策特別措置法のガイドライン(総額表示義務の特例)について|財務省
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/consumption/20150401tenka.htm
・「#出版物の総額表示義務化に反対します」作家・編集者から危惧相次ぐ理由│J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/2020/09/16394557.html
・出版物の総額表示 スリップは「引き続き有効」 財務省主税局が説明│文化通信社
https://www.bunkanews.jp/article/222020/
・消費税転嫁対策特別措置法のガイドライン(総額表示義務の特例)について|財務省
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/consumption/20150401tenka.htm
・「#出版物の総額表示義務化に反対します」作家・編集者から危惧相次ぐ理由│J-CASTニュース
https://www.j-cast.com/2020/09/16394557.html
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