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DATE/ 2021.07.15

運任せにしない「転職の方法」を学ぶための『転職学』

「この先も今の会社にとどまっていていいのだろうか…」
「別の会社で自分の力を試してみたい…」
「転職したいけれど、そのために何をすればいいのかわからない…」

「転職」という選択が当たり前のようになった昨今、まだこのようなモヤモヤを抱えながら働いている方も少なくないのではないでしょうか。

 そんな方に向けて、転職について学べる、格好の教科書といえる一冊があります。立教大学経営学部教授である中原淳先生の著書(共著)『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)です。本書をもとに、運任せにしない「転職の方法」を学びたいと思います。

転職を科学するため、一万二千人の大規模調査を実施

 本書の特徴は「科学的な方法」によって転職を解明している点にあります。決して精神論や単なる個人の経験則で、ものを語っているわけではありません。中原先生と共著者である小林祐児氏が上席主任研究員を務めるパーソル総合研究所が、なんと一万二千人におよぶ大規模調査を実施。その調査にもとづいて、日本の労働市場にフィットするかたちで、誰にでも活用できる「キャリア行動」の解明を目指しました。いわゆる転職本なるものは世の中に数多くありますが、おそらくこれほどに「科学的」な分析に徹している本は少ないのではないしょうか。

 ちなみに、中原先生は「大人の学びを科学する」をテーマとして、企業・組織における人材開発・組織開発・リーダーシップ開発について研究している、日本における人材開発の第一人者です。米マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より立教大学経営学部教授を務めています。ちなみに、中原先生も「大学移籍」という、いわゆる転職を二度経験しており、それが本書を編むうえでの「強い動機」の一つになったと綴っています。

「海外に比べて日本の転職者は少ない」ってホント?

 さて、近年になって「転職」が大きく脚光を浴びているのは周知の事実です。テレビやネットの広告にも「転職」の二文字をたくさん見かけるようになりました。けれども、実際のところはどうなのでしょう。本当に転職数は増加しているのでしょうか。海外に比べると日本国内における転職はまだまだ少ないという話もよく耳にします。

 本書によると、この「海外に比べて日本の転職は少ない」という話には実はカラクリがあるということです。ポイントは「海外に比べて」というところです。統計によると、諸外国と比べて日本の転職者はそれほど少ないとはいえません。

 ではなぜ「少ない」といわれるのかというと、アメリカと比較しているからです。つまり、「日本が少ない」のではなく、アメリカが世界の中でもずば抜けて「転職が多い国」なのです。

転職の方程式「D×E>R」とは何?

 ただし、日本ならではの転職の特徴もあります。海外では「もっと条件の良い会社で働きたい」「自分の可能性を試したい」など、転職の動機がポジティブな場合が多いのですが、日本人の転職は「不満」がモチベーションになっている場合がほとんど。

 そのことに関して、本書では転職のメカニズムということで「D×E>R」という方程式を提示しています。Dは「Dissatisfaction(不満)」、Eは「Employability(転職力)」、Rは「Resistance(抵抗感)」です。日本語で方程式を書き換えると「不満×転職力>抵抗感」となります。

 「Resistance(抵抗感)」とは、労働環境を変えることに対する「抵抗感」のことです。誰だって慣れた環境を変えることにはストレスを感じます。また、新しい環境や文化に移行するプロセスにおいても心身にそれなりの負荷がかかります。その「抵抗感」を「不満×転職力」が超えたとき、人は「転職を決断する」というわけです。

 では「Employability(転職力)」とは何か。言い換えれば、「雇用される可能性」です。今の会社に対する「不満」と、別の会社に「雇用される可能性」が高まるほど、その人は転職に傾いていくということになります。

 最後は「不満」についてです。誰もが少なからず「不満」を抱きながら仕事を続けているではないでしょうか。また、「不満」がまったく生まれない職場というのもありえないでしょう。問題となるのは「不満」というよりも「不満の変わらなさ」であると本書は指摘しています。「不満の変わらなさ」というのは「不満が解決されないことへの不満」ということです。これは職場だけでなく、どこでも、何をするにしても、いっこうに状況が改善されないと誰でも嫌になってしまうでしょう。

マッチング思考からラーニング思考へ

 ここで「転職力」について、少し補足します。大きく二つあり、一つは「ステータスとしての転職力」、もう一つは「アクションとして転職力」ということです。両方とも重要ですが、本書では後者の「アクション」をより重視しています。どちらを重視するかによって、転職に対する考え方が大きく異なります。

「ステータス」は個人のもっている知識や経験、資格やスキルのことです。「アクション」は転職プロセスのなかでの振る舞い方、考え方、マインドセットを指します。なかでも本書が「アクション」を重視するのには理由があります。

 転職者にとって、その人にマッチする理想的な職場が見つかれば、それに越したことはありませんが、現実的にはそんなことはほとんどありえません。このように、理想的な職場を追い求めることを「マッチング思考」といいます。それに対して、職場に合わせて自分を変えていく、学んでいくことで、自分の理想的な職場に近づけていく態度、その考え方が「ラーニング思考」です。

「ステータス」重視の場合、「マッチング思考」の傾向が高く、「アクション」重視の場合は「ラーニング思考」の傾向が高いということです。本書がもっとも強調しているのが「マッチング思考からラーニング思考へ」というメッセージです。「マッチング思考」には限界があり、転職は「ラーニング思考」のほうが豊かで充実したものになると提言しています。

「転職」とは何か

 「転職とは、環境の変化に対して高いアンテナを張り巡らせ、自分のこれまでを見つめつつ、自分を変えていくこと(学び直していくこと)なのです」

 本書の「転職」に対する考え方を一文で言い表すなら、このようになります。ちなみに、本書は決して転職礼賛の本ではありません。「『転職しない』も積極的な選択の一つ」という興味深い話も書かれています。一方、「挑戦しないのは、じつはリスキーな選択」という話もあります。少しでも転職に興味のある方はぜひ一度手にとってみることをオススメします。

<参考文献>
・『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(中原淳著、小林祐児著、 パーソル総合研究所著、KADOKAWA)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000261/

<参考サイト>
・中原淳先生の研究室のホームページ
http://www.nakahara-lab.net/

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