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DATE/ 2023.09.20

「コテンラジオ」から生まれた、悩みを解放する『歴史思考』

 紀元前7世紀に生まれたお釈迦様は、「生老病死」という言葉で人が生きる苦しみを説きました。この世界で生きるというのは、いろいろな苦難の連続です。お金に仕事、人間関係や性など、その内容はさまざまで、やっとの思いで一つ解決したかと思えば、また次の課題がやって来るのも常です。

 そんな悩み多き今を生きる人々のために書かれた一冊が『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)です。著者は株式会社COTENの代表取締役CEOであり、ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信している深井龍之介氏。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言もありますが、歴史を学ぶことと悩みを解決すること、両者にはどんなつながりがあるのでしょうか。「こんな悩みを抱えているのは自分だけ…」「どうしてこんなに苦しいんだろう…」そんな悩みへの対処法が、じつは歴史にあるのかもしれません。

わたしたちをとらえているのは【当たり前】

 歴史上、燦然と名を残す偉人たちがいますが、もちろん、彼らにも彼らなりの悩みがあり、苦悩のなかでその生涯を生きていました。けれど、「有名な人でも悩んでいる」という言葉は、あまり気休めにはなりませんよね。では、そもそもどうして〝悩み〟は生まれるのでしょうか。

 深井氏は本書の冒頭で、「悩みの原因は僕たち社会にある常識や価値観」であると語っています。金銭問題は現代人の悩みの代表格と言えますが、それはいまのわたしたちの社会のなかで「稼ぐことが良いこと」が【当たり前】になっているからです。しかし、歴史をひも解いていくと、じつはこの【当たり前】は永久不変のものでないということがわかります。

 江戸っ子は「宵越しの金を持たない」と言いますが、当時はその潔さが価値であり、貯金などしないのが粋な江戸っ子の【当たり前】でした。また、西洋に目を移すと、高利貸しなどの金融業が宗教的に悪しき職業とされていた時代もあり、「稼ぐことが良いこと」という価値観の時代は、それほど前から長く続いているわけではありません。ところが、今を生きるわたしたちにとって、〝今〟の価値観は否応なくわたしたちの気持ちと関連してくるわけですから、「稼がない自分には価値がないのかもしれない」という悩みを抱く人が、どうしても出て来てしまうのです。

人間の評価は短いスパンで出せるものではない

 深井氏は「価値観は絶対ではなく、場所や時代によって変わる」と述べています。こうした、既存の価値観を再認識することを「メタ認知」と呼び、「今の自分を取り巻く状況を一歩引いて客観的に見る」ことが大切だと言います。そして、目の前の悩みにとらわれず、一歩引くための方法の一つが、過去の歴史を知ることなのです。この歴史を知ることによるメタ認知のことを、本書のタイトルにもある通り「歴史思考」と呼んでいます。

 この「歴史思考」をもとに、本書にはさまざまな時代の偉人たちのエピソードが語られて行きます。たとえば、後世において多大な影響を与え続けているイエス・キリスト。深井氏は彼を「惑星クラスの偉人」と語る一方で、当時のイエスの生涯を一言で表すなら「弟子に裏切られて処刑された、元大工の政治犯」とも述べています。そんな人物が、2000年に渡り伝説的な教祖として語り継がれていくと、当時の何人がそう思ったのでしょうか。

 深井氏は、「人間の評価を短期的なスパンで下すことにあまり意味はない」と言います。イエスの処刑後、キリスト教がローマ帝国の国教となるには400年近くかかるわけですから、例えば仮に「うだつの上がらない一人の会社員」という自分がいたとしても、たった数年の評価がその人の人生の評価にはなりようがありません。また、時代の変化によって、これまで英雄だった人の評価が反転することだって【当たり前】のように起こるのです。

人生の成功は「存在」すること

 儒教の始祖・孔子や、インド独立の立役者であるガンディー、ケンタッキーフライドチキンの生みの親であるカーネル・サンダース、ヘレン・ケラーの家庭教師だったサリバン先生など、本書に登場する偉人は、誰でもその名を聞いたことのある人ばかり。単純な人物トリビアとして読んでも、おもしろいエピソードに事欠きません。

 しかし、これまでご紹介してきたように、本書は【当たり前】を取り払い、「歴史思考」を知ることで、あれそれと抱く悩みを軽くしていこうというのが主軸です。深井氏は、「存在した時点で人生は99%成功」と言い、歴史にとっては「『やったこと』よりも『いること』が大事なんです」と語っています。イエスの布教期間はほんの数年程度ですし、ヘレン・ケラーが多くの方を勇気づけているのは、サリバン先生のみならず、そこに至るさまざまな人との偶然のつながりがあったからです。

 良くも悪くも、名を残すことが成功者であるとしても、大事なのは「存在した」ということ。99%成功の、残りの1%が、生前なのか、没後なのか、自分でもわからないところで不思議な玉突きを起こして、価値を生んでいくのかもしれません。

古典は多様な価値観を生きるわたしたちの道しるべ

 多くの悩みを抱える現代人。その内容は千差万別、十人十色、気軽に相談できるものから、誰にも言えない重いものまでさまざまです。しかし本書のなかで、深井氏は「悩みの答えは古典にある」と語っています。

「歴史上にはたくさんの頭の切れる人や優れた人格の人がいて、あなたが今、直面しているような問題にはすでに答えを出していたり、少なくとも重大なヒントを残していたりするんです。だから、僕たちは古典を読むといい。古典を読めば、過去の天才たちの頭を借りて、自分の課題や悩みに向き合うことができるからです。」

 有史以来数千年、いままで数え切れないほどの人がこの世に生まれてきた、その歴史の上にわたしたちは生きています。「メタ認知」とは、自分の知り得ない未来と、紡がれてきた過去をつなげ、自分という世界を少し広げていくことなのかもしれません。それは、人がひとり、この世界に生まれ、懸命に生きることに、長い長い希望を見いだす考え方でもあるように感じました。

 多様な価値観と生き方が交わる現代。どう生きればいいのか、ふと立ち止まることもあるかもしれません。そんなとき、ぜひ本書を読んでみてはいかがでしょうか。

<参考文献>
『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(深井龍之介著、ダイヤモンド社)
https://www.diamond.co.jp/book/9784478112274.html

<参考サイト>
深井龍之介氏のツイッター
https://twitter.com/CotenFukai
コテンラジオ
https://coten.co.jp/

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東京大学第28代総長 株式会社三菱総合研究所 理事長 テンミニッツ・アカデミー座長