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『税という社会の仕組み』で学ぶ「権利」としての納税と歴史
「税金」と聞いて、みなさんはどんなイメージを抱きますか。税金は私たちの収入から直接差し引かれ、手元に残るお金が減るものですから、できることならあまり払いたくない。納税は「義務」であり、支払いを強制されるものだからこそ、良いイメージを抱く人は少ないのではないでしょうか。
また、税金を払うことへの抵抗感の根底には、「自分のお金を他者のために使われる」という感覚があります。例えば、コンビニでアイスクリームを買うときは、価格に納得して購入します。アイスクリームのような私的財の場合、財と価格が一対一の関係にあるため、何に対していくら払うのかが明確です。一方で、政府によって提供される公共財は、一見してどれも無料に見えます。いつでも道路は利用できますし、火事のときは支払いを考えることなく消防車を呼ぶことができます。このような公共財に対しては、自分がその財やサービスを選んでいるという実感が持ちにくいため、税金を払うことへの抵抗感を引き起こしてしまうのです。
できれば払いたくない嫌なもの。そんな税金のイメージをまったく変えてしまうのが、今回ご紹介する『税という社会の仕組み』(諸富徹、ちくまプリマー新書)です。本書は、税金について「そもそも税とは何か」という根本的な問題から出発し、世界や日本の税制の歴史を踏まえて、現代社会の税の問題や民主主義との関係などを考察しています。誰もが納税者であるからこそ、税金に関する話はすべての人に関係があります。そんな税について、この一冊を通じてわかりやすく学ぶことができます。
諸富氏は、納税は義務ではなく権利であると本書で主張しています。「えっ?」と思いますよね。先述したように納税は義務であり、学校の教科書にも、憲法にも、そうと書いてあるからです。では、納税が権利であるとは、一体どういうことなのでしょうか。
鍵は税の歴史にあります。諸富氏は、ヨーロッパで近代国家が誕生した歴史的展開を振り返ることで、近代税制の本来の姿を浮き彫りにしています。前近代のヨーロッパでは、王侯貴族が一般庶民を統治するという構図が固定化されていました。しかし、民衆の不満が限界まで高まると、市民革命が起こり、統治者と被治者の関係は必ずしも絶対的なものではなくなりました。
ここで、国家の役割に重要な転換が生じました。従来、国家とはすでに「ある」ものだと考えられていましたが、市民革命を経て、国家は人々が「つくる」ものだとみなされるようになったのです。国家と市民は契約関係にあり、政府が公共的な仕事を行い、その対価として国民は税金を納めます。このような考え方を「社会契約説」と呼びます。
社会契約説の代表的な思想家であるジョン・ロックは、もし国家が契約を破った場合、それは「暴政」とみなされ、国民にはそれに抵抗する権利があると主張しました。国家は国民の信託を受け、その信託を守っているかどうかを判断するのは国民です。ロックのこの思想はアメリカ独立宣言に反映されるなど、後世に多大な影響を及ぼしています。
ここでポイントになるのが、近代社会では国民が「主」で、国家が「従」という関係にあることです。日本では、どうしても「お上」(政府)が市民に対して一方的に税負担を課すイメージがあり、まるで「お上」が「主」であるかのように感じられますが、近代国家の理論ではその逆なのです。国民が政府を選び、税金の使い道をチェックし、問題があれば政府を取り換える。このように考えると、税とは社会をよくしていくための「権利」だといえるのです。
このような納税者主権の視点から、税金の使い道を監視していくことはとても重要です。監視を怠ると、歴史的に見られるように、政治力のない低所得者層の負担が重くなる傾向があります。この現象は「自由落下法則」と呼ばれ、放置すれば社会の格差がさらに拡大していきます。
国民が政治を「お上」(政府)に任せきりにすると、課税の公平性は次第に損なわれていく。そうならないためにも、民主国家である限り、私たちは公平な負担を求める声を上げ続けなければなりません。
税金は社会改革の手段としても理解されるべきです。税金を政策手法として用いることで、格差や環境への影響などの社会問題に対して、政府に是正を要求することができます。税金を通じて経済権力をコントロールすることにより、私たちが理想とする社会を自らの手で築くことができるのです。このようにしてはじめて、税金を真に私たちの手に取り戻すことができたといえるでしょう。
本書には「税とは何か」という思想・概念的な面だけでなく、世界や日本における税制の歴史的展開についても詳しく解説されています。また、環境税やグローバル・タックスといった、21世紀の新しい税制度についても触れられています。税金について改めて考えるために、本書を一読してみてはいかがでしょうか。
また、税金を払うことへの抵抗感の根底には、「自分のお金を他者のために使われる」という感覚があります。例えば、コンビニでアイスクリームを買うときは、価格に納得して購入します。アイスクリームのような私的財の場合、財と価格が一対一の関係にあるため、何に対していくら払うのかが明確です。一方で、政府によって提供される公共財は、一見してどれも無料に見えます。いつでも道路は利用できますし、火事のときは支払いを考えることなく消防車を呼ぶことができます。このような公共財に対しては、自分がその財やサービスを選んでいるという実感が持ちにくいため、税金を払うことへの抵抗感を引き起こしてしまうのです。
できれば払いたくない嫌なもの。そんな税金のイメージをまったく変えてしまうのが、今回ご紹介する『税という社会の仕組み』(諸富徹、ちくまプリマー新書)です。本書は、税金について「そもそも税とは何か」という根本的な問題から出発し、世界や日本の税制の歴史を踏まえて、現代社会の税の問題や民主主義との関係などを考察しています。誰もが納税者であるからこそ、税金に関する話はすべての人に関係があります。そんな税について、この一冊を通じてわかりやすく学ぶことができます。
「納税は義務ではなく権利」ってどういうこと?
本書の著者である諸富徹氏は、財政学・環境経済学を専門とする経済学者です。現在は京都大学の教授を務めており、経済政策や環境政策に関する多数の論文や著作を執筆しています。著書には『グローバル・タックス 国境を超える課税権力』(岩波新書)、『資本主義の新しい形』(岩波書店)、『人口減少時代の都市』(中公新書)、『私たちはなぜ税金をおさめるのか 租税の経済思想史』(新潮選書)などがあり、どれも一般読者にもわかりやすく経済や税金について解説されています。諸富氏は、納税は義務ではなく権利であると本書で主張しています。「えっ?」と思いますよね。先述したように納税は義務であり、学校の教科書にも、憲法にも、そうと書いてあるからです。では、納税が権利であるとは、一体どういうことなのでしょうか。
鍵は税の歴史にあります。諸富氏は、ヨーロッパで近代国家が誕生した歴史的展開を振り返ることで、近代税制の本来の姿を浮き彫りにしています。前近代のヨーロッパでは、王侯貴族が一般庶民を統治するという構図が固定化されていました。しかし、民衆の不満が限界まで高まると、市民革命が起こり、統治者と被治者の関係は必ずしも絶対的なものではなくなりました。
ここで、国家の役割に重要な転換が生じました。従来、国家とはすでに「ある」ものだと考えられていましたが、市民革命を経て、国家は人々が「つくる」ものだとみなされるようになったのです。国家と市民は契約関係にあり、政府が公共的な仕事を行い、その対価として国民は税金を納めます。このような考え方を「社会契約説」と呼びます。
社会契約説の代表的な思想家であるジョン・ロックは、もし国家が契約を破った場合、それは「暴政」とみなされ、国民にはそれに抵抗する権利があると主張しました。国家は国民の信託を受け、その信託を守っているかどうかを判断するのは国民です。ロックのこの思想はアメリカ独立宣言に反映されるなど、後世に多大な影響を及ぼしています。
ここでポイントになるのが、近代社会では国民が「主」で、国家が「従」という関係にあることです。日本では、どうしても「お上」(政府)が市民に対して一方的に税負担を課すイメージがあり、まるで「お上」が「主」であるかのように感じられますが、近代国家の理論ではその逆なのです。国民が政府を選び、税金の使い道をチェックし、問題があれば政府を取り換える。このように考えると、税とは社会をよくしていくための「権利」だといえるのです。
税金を私たちの手に取り戻す
「納税は義務ではなく権利」という視点に立つと、税金は単なる義務ではなく、私たち市民が政治に参加し、民主主義を実現するための重要な手段であることがわかります。税金が適切に使われているかを監視し、国家が私たちの求める役割を果たしているかを確認することが、納税者、そして主権者としての責任です。このような納税者主権の視点から、税金の使い道を監視していくことはとても重要です。監視を怠ると、歴史的に見られるように、政治力のない低所得者層の負担が重くなる傾向があります。この現象は「自由落下法則」と呼ばれ、放置すれば社会の格差がさらに拡大していきます。
国民が政治を「お上」(政府)に任せきりにすると、課税の公平性は次第に損なわれていく。そうならないためにも、民主国家である限り、私たちは公平な負担を求める声を上げ続けなければなりません。
税金は社会改革の手段としても理解されるべきです。税金を政策手法として用いることで、格差や環境への影響などの社会問題に対して、政府に是正を要求することができます。税金を通じて経済権力をコントロールすることにより、私たちが理想とする社会を自らの手で築くことができるのです。このようにしてはじめて、税金を真に私たちの手に取り戻すことができたといえるでしょう。
本書には「税とは何か」という思想・概念的な面だけでなく、世界や日本における税制の歴史的展開についても詳しく解説されています。また、環境税やグローバル・タックスといった、21世紀の新しい税制度についても触れられています。税金について改めて考えるために、本書を一読してみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
『税という社会の仕組み』(諸富徹、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684844/
<参考サイト>
京都大学経済学部 諸富ゼミ
https://morotomiseminar.blog.jp/
『税という社会の仕組み』(諸富徹、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684844/
<参考サイト>
京都大学経済学部 諸富ゼミ
https://morotomiseminar.blog.jp/
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