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DATE/ 2024.07.12

『世界のジョーク集』で考える「笑い」の手法と精神(早坂隆先生)

目次 きっかけは『世界の紛争地ジョーク集』
贅沢は敵か「素敵」か?…足らぬ足らぬは夫が足らぬ
金持ち、技術大国、勤勉…ジョークにみる日本人の昔と今
「差別か、笑いか」…現代社会にもっと寛容さを!

 いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。

『世界の日本人ジョーク集』『世界のマネージョーク集』『世界のロシア人ジョーク集』(以上、中公新書ラクレ)などなど、早坂隆先生著の「世界のジョーク集」シリーズをお読みになったことがある方は多いと思います。なにしろ、累計100万部突破の大人気ジョーク・シリーズです。

 もちろん、ジョークは世相や社会を笑い飛ばすものですが、その裏には悲しみやペーソスも込められています。瞬間的に、じんわりと、ほのぼのと……さまざまなかたちで心が揺さぶられるのも、ジョークの深い魅力でしょう。

 テンミニッツTVで、早坂隆先生に《世界のジョーク集で考える笑いの手法と精神》と題する講義をお話いただきました。さて、そこから見えてくるものとは?

◆早坂隆先生:世界のジョーク集で考える笑いの手法と精神(全4話)
(1)体制を笑うジョークと諷刺の精神
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5388

きっかけは『世界の紛争地ジョーク集』


 さて、早坂隆先生が最初に発刊されたジョーク集は何だったか。

 実は、『世界の紛争地ジョーク集』という一冊でした。早坂先生はこうおっしゃいます。

《人間心理の1つとして、外からの圧力が強ければ強いほど人は笑いを求め、そして笑いが先鋭化されていく。鋭くなっていく。諷刺の精神というものが磨かれて強くなっていくということは、どこの国民でもあるのではないでしょうか》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5388

 そもそものきっかけは、早坂先生がルーマニアの首都のブカレストに移住されたこと。ブカレストで、マンホールに住んでいる子どもたちの取材をするためでした。その取材を進めるなかで、たとえば友人同士でお酒を飲んでいるときに、「最近1つ新しいバンク(=ジョーク)を聞いたんだけど」といって、披露しはじめるような場面にいくつも直面する。そのようななかで、ジョークについて深く考えるようになったといいます。

 ちなみに、ルーマニアにかぎらず世界各地で、誰かが「こんなジョークを聞いたぜ」といいだしたら、周りの人はリスペクトしつつ、あたたかくそのジョークを楽しむそう。

 たとえ、自分がすでに聞いたことがあるジョークであっても、「もう知ってるよ」「寒いなあ」などと茶々を入れたりしないのがマナー。そうやって、皆で笑いを楽しむのです。

贅沢は敵か「素敵」か?…足らぬ足らぬは夫が足らぬ


 厳しい環境下といえば、戦時中の日本でもジョークはいくつも語られていました。早坂先生は『日本の戦時下ジョーク集』(中公新書ラクレ)もお書きになっています

 この時期のジョークとして有名なのは「贅沢は素敵だ」でしょう。「贅沢は敵だ」というスローガンをもじったものです。

 また、こんなジョークもありました。

「足らぬ足らぬは夫が足らぬ」

 これは元々は「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」という標語でした。物資が不足する戦時下、足らないのは物資ではなく「工夫」だと鼓舞する目的のものでした。その「工」の字を消すと……。

 当時の女性たちが、おおらかに笑いあっている姿も想像されますが、当然、その心の裏には悲しみや寂しさが山ほど込められているわけです。

 まさにジョークは時代を映す鏡といえるでしょう。

金持ち、技術大国、勤勉…ジョークにみる日本人の昔と今


 ジョークは時代を映す鏡といえば、ここ数十年のジョークの変遷を見るだけでも、大いなる感慨を抱くことができます。

 たとえば、最初の『世界の日本人ジョーク集』が発刊されたのは2006年。本書を読んでいると、今の状況とはまったく違うようなジョークに出合います。

《暮れも押し迫った12月の寒い夜。ある日本人がパリの画廊に立ち寄った。店内に入った彼は、ゴッホ、ピカソ、ゴーギャンなどの名画を手当たり次第に買い込んだ。カードで支払いを終えた彼は呟くようにしてこう言った。
「よし、クリスマスカードはこんなもんでいいか」》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5389

 いま、円安が騒がれて「安い日本」などといわれている状況からすると、「ああ、そんな時代もあったね」と思わずつぶやきたくなります。

 その他にも、2000年代初頭のジョークには、技術大国としての姿も頻出しています。その後、韓国や台湾、中国に追い上げられ、技術大国としてのイメージもずいぶん変わった観がります。

 少し前のジョーク集に手を伸ばすと、そんなことに気づく愉しみも、いくつも見つけることができます。

 ところで、当の日本人は「笑い」が不得手なのでしょうか。まったくそんなことはないと、早坂先生はおっしゃいます。日本の居酒屋に行ってみると、欧米のバーなどに比べても日本人はすごく笑いながらお酒を飲んでいる、と。たしかにおっしゃるとおりです。では、日本人の「笑い」の手法の特徴とは。それについては、ぜひ講義第2話をご覧ください。
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5389

「差別か、笑いか」…現代社会にもっと寛容さを!


 ジョークの一類型として「カントリージョーク」というものがあります。いろんな国を比較して並べていきながら、最後はポーランドやロシア、中国、韓国、日本などでオチをつけるパターンです。

 しかし、いまや「ポリティカルコレクトネス」の時代。早坂先生が『ジョーク集』を執筆するなかでも、校正者や編集者から「この表現は差別ではないですか?」などと指摘が入ることが増えたそう。

 まさに世相というところでしょう。

 しかし、早坂先生は、こうおっしゃいます。

《ほんとうに悪質な差別はもちろんダメですけれど、何かその社会全体でそこの線引きがどんどん厳しい方向にいくと、笑いというものがだんだんがんじがらめになっていくような時代の流れになっていくとすれば、私はそこに寂しさとか、危惧を覚えます》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5391

 かつての日本のプロ野球の球場でのヤジ合戦なども含め、そういうものをゲラゲラ笑えていた時代のほうが、たしかに社会はむしろ丸かったのかもしれません。寛容さが不可欠なゆえんでしょう。

 講義の最後に、早坂先生はフランスの思想家シャンフォールの、こんな箴言(しんげん)をご紹介くださいます。

《人生で最も虚しかったのは、笑わなかった日である》

 まことに、そのとおりでしょう。次々と紹介されるジョークに笑みを浮かべながら、「笑いの精神」の大切さについて、深く思いを巡らすことができる名講義です。

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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授