●アメリカ社会は三つどもえの構造になっている
私は2016年末に『日本人として知っておきたい「世界激変」の行方』(PHP新書)という本を出したのですが、そこで今回の話に関連する大事な話を第1章に書きました。この2、30年間、ずっと続いてきた経済のグローバル化はもうすでに現実となり、後戻りしようのない形で世界を変えてきました。グローバリゼーションというリアリティは、もう動かないと思います。その上で、アメリカの大統領選挙ではっきり表れたのは、社会のリーダー層が三つどもえの構造になっているということです。すなわち、グローバリゼーションをめぐって、3つの立場があるのです。
第1に、アンチグローバリストです。ラストベルト地帯などで、鉄鋼や石炭等の重厚長大産業に従事していたアメリカの中産階級の労働者たちは、グローバル化の影響でみんな職を失いました。彼らはものすごく不満をため込んでおり、大挙してドナルド・トランプ氏に投票したと言われています。
第2に、ヒラリー・クリントン氏を代表とする、これまでのグローバル化をさらに進める、あるいはせいぜい現状を維持するという立場です。どちらかといえばアメリカの場合、経済界の主流もメディアの主流もこの立場を取っていました。しかし、彼らはグローバリストとして、右のトランプ陣営と左のバーニー・サンダース陣営に、挟み撃ちに遭ったのです。
第3ですが、実はアメリカの指導層の中には分裂がありました。それは、グローバル化をむしろもっと積極的に進めていくべきだとする立場です。世界の秩序がどうなろうが、そんなことには関心がなく、むしろもっと利潤を上げることを追求すべきだ、という考え方です。サブプライム危機が起こり、リーマンショックになって、2008年には金融が規制されました。しかし、こうした金融規制を撤廃し、2008年以前の、規制のもっと緩い時代、あるいは1920年代のような規制のほとんどなかった時代に戻るべきだ、と主張しています。そうすればアメリカの経済は一気に活性化して、世界のお金をアメリカに集めることができ、一大投資が進むだろうというのです。これは、いわゆるヘッジファンダー(ヘッジファンドを動かしている人たち)、特に移民系の人に多かった主張です。
具体的な人物でいえば、今、トランプ政権の一番の黒幕の一人といわれている、ジョン・ポールソン氏がいます。彼はウォール街の金融資本家として、伝説的な人です。若手のジョージ・ソロス氏のようなポジションです。ポールソン氏の他にも、今では閣僚になっている人が何人もいますが、彼らはさらなる規制緩和によって、生のレッセフェールを要求しています。この本の中で私は彼らのことを、自由放任のグローバル化を進めるネオグローバリストだと呼びました。
このように、ネオグローバリストとアンチグローバリスト、そしてクリントン氏のような現状維持派が、三つどもえの構造になっているのです。数からいえばアンチグローバル層が一番多いですが、指導者層の中では、ネオグローバリスト派と、クリントン氏のようなオールドグローバリスト派、あるいは主流派的なグローバリズムを唱える人が分裂しています。この分裂が結局、トランプ対クリントンの大統領選挙の本質でした。
●アンチグローバリストとネオグローバリストが対立している
したがって、トランプ氏は両方に支持基盤があることになります。ラストベルトで働く、見捨てられたと感じている地方の恵まれない人たちは、アンチグローバル派として、トランプ命です。他方、その対極には、もっと規制緩和をして、大々的に裸の金融資本主義を追求しようとする、ネオグローバリストがいます。彼らは、アメリカのグローバル覇権をもう一度取り戻そうとしています。
トランプ政権はこれら両方に股をかけており、非常に有利です。ただし政権の中では、双方が今、水と油の関係になっています。例えば、トランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏と、首席戦略官でアンチグローバリストのスティーブ・バノン氏、この大統領の最側近2人が対立。ただし、バノン氏は切り捨てられていきます(編注:バノン氏は2017年8月に解任)。そして、クシュナー氏や財務長官スティーブン・ムニューチン氏、そして日米経済交渉を担当する商務長官ウィルバー・ロス氏に代表されるネオグローバリストが、政権で徐々に力を得てきているのです。
●復讐心が移行期の歴史を動かしてしまう
ただし、世界秩序はそんなに簡単にはいきません。ネオグローバリストの勝ち組が世界を制するというほど、世界史のストーリーは単純ではないのです。世界史はアイロニーとパラドックス、そしてネメシス(復讐)に満ちています。復讐心が移行期の歴史を動かしてしまうという危険があります。
左右いずれの極...