●「幻想交響曲」が生んだ「恋人のメロディー」とは
―― もう一方で、先ほどの「六番」の流れもありましたね。
野本 (ベートーヴェンの)五番と六番で対抗して、どちらを取るかで争っていたロマン派ですが、六番の交響曲のように、自分でタイトルを付け、何を表現しているか字で書いちゃいましょう、という系列を「標題音楽」と言います。
これは「物語音楽」とはちょっと区別しなくてはいけなくて、音楽をどういうふうに書いたかを言葉で説明する。物語があって、それを音楽にするというよりは、音楽を言葉で説明するんですが、その最初の人がベルリオーズ。とりわけ「幻想交響曲」です。
この交響曲では、「このメロディーは、これを意味するというのを決めちゃえ」ということをしました。それが…。
<ピアノ演奏>
これを「恋人のメロディー」と呼んでいるんですね。このメロディーが出てきたら、常に恋人を表しています。つまり、意味とメロディーを一致させることをやったんです。これを「固定楽想」、フランス語で"idée fixe"(イデー・フィクス)と言います。そういうことをやって、これをアレンジしていくことで、「恋人がどんな姿になっているか」を想像させようということなんです。たとえば第5楽章になると…。
<ピアノ演奏>
こんな感じに変わってしまうんですが、なんかちょっと下品な感じがしますね。実は魔女になっちゃったんです。
―― これも、すごい話ですね。
野本 そうですね。彼氏に殺されてしまって、魔女になってしまったという様子を表している。そういうふうに、同じメロディーでもアレンジを変えるといろいろな感情表現ができるじゃないか、ということに気がついたのがベルリオーズだったわけです。
―― 人を象徴するメロディーをつくって、それをいろいろ変えることによって、象徴する人物が喜んでいるのか、悲しんでいるのかを表現した。
野本 どういう環境に置かれているのかなどが想像できる、ということをしたんですね。
●ワーグナーの発明した「ライトモチーフ」
野本 ベルリオーズの大親友だった人にワーグナーがいて、オペラが得意な方でした。彼は、「恋人だけじゃなく、もっといっぱいつくっちゃって、全部、意味を決めてしまえば」みたいにしたんです。たとえば…。
<ピアノ演奏>
これを「剣」のモチーフにしちゃえば? という具合に決めてしまう。
<ピアノ演奏>
神々の長の不機嫌を表すメロディー。こういうものを100個ぐらいつくってしまって、それぞれの場面に合うメロディーを使えば、言っていることが、歌じゃなくて音楽でもわかる。
そればかりか、ステージの上で展開している劇の裏の意味を音楽で示したりできるわけですね。二人の恋人となっているけど、「実はこれ、きょうだいなんだよ」みたいのを音楽で表現していたりします。たとえば、これ。
<ピアノ演奏>
「ワルキューレの騎行」といいます。ワルキューレというのは女性騎士軍団で、9人姉妹なんですけれども、羽の生えた馬に乗って、戦場で死んでしまった人たちを天国へ連れていく役なんです。この「タンタタン、タンタタン、タンタタン」、これは馬のギャロップですよね。これが出てきたら、「あっ、ワルキューレだ」というのが分かるみたいに、音楽で意味を伝えるということをワーグナーは発明しました。
今日の映画音楽やドラマのBGM、あるいはアニメの音楽では、いつも決まったものを表したりしますよね。これはダースベイダーを表すとか、これはアニメの来週の予告編で使う音楽、主人公の歩く音、みたいな。あれは実は全部、ワーグナーの発明をそのまま応用しているんです。
―― そういうことなんですね。いまおっしゃった『スター・ウォーズ』だと、あの曲が流れれば、「ダースベイダーだ」と。
野本 絶対、「ダースベイダーだ」というふうに分かりますよね。
―― さっきおっしゃったように、別の2人が出ていても、もし背後にダースベイダーの曲が流れていたら。
野本 そうなんです。「こいつ、変装しているけど、ダースベイダー側の奴だぞ」とか。典型的なのが、映画を見ていて宇宙船が映っても、パッと見た目ではどっち側の宇宙船なのか分からないんです。ところが、そこで音楽が入れば一瞬で分かる。
―― 「帝国軍だ」と。
野本 はい、すぐ分かるんですね。それは元をただせば、ベートーヴェンの六番の交響曲を発展させていこうという流れの結果なんですね。その考え方が今日まで続いているわけです。
●調性からの離脱により「無調」への扉を開く
―― ワーグナーまで来ましたので、彼のオペラの有名な技法として「半音進行」というのか、和声がずいぶん、それまでのカッチリした和声から変わっていくことがあります。
野本 そうですね。...