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ギリシア神話の基礎に不死の神と人間の死という対比がある

「ホメロス叙事詩」を読むために(2)神々と人間ーその1

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
ゼウス
ホメロスの世界を学ぶには、彼らが信仰し礼拝していたギリシアの神々を知ることが必要だ。ゼウスをはじめとする神々は人々にとってリアルな存在だったが、彼らが「不死」の存在である点は人間との大きな違いとして明記したい。不死の神々との対比によって、人間たちのつかの間の生のはかなさが際立っていく。(全9話中第2話)
時間:07:48
収録日:2020/07/03
追加日:2020/09/06
≪全文≫

●ホメロスが歌った紀元前13世紀の世界


 ホメロスの叙事詩はどのような世界で歌われ、受け継がれてきたのかということについて、さらにお話を進めていきます。

 ホメロスという詩人は、おそらく紀元前700年ぐらいに活躍したといわれていて、叙事詩も同じ紀元前8世紀ぐらいにつくられたのではないかと想像されています。しかし、彼が歌う舞台は、それよりさらに500年ほどさかのぼります。

 第1話でシュリーマンのお話をしました。発掘されたトロイアの遺跡は紀元前1250年ぐらいと言われますから、ホメロスが歌った頃より500年前という非常に古い世界のことになります。現在のわれわれが見ると室町時代でしょうか。この二つの時代は、当然かなり違う時代ですので、理解していくときに意識することが必要です。

 ミケーネ時代といわれる紀元前13世紀は、青銅器の時代でした。ミュケーナイやティリンスというところの遺跡が出てくる時代です。かたや、ホメロスが歌を歌っていた時代は、もうわれわれが知っている古典ギリシアに近い時代で、ポリスが成立している時期です。ホメロスの100年後ぐらいには哲学者のタレスなどが出てきます。私たちが知っている、あのギリシアにかなり近い時代に歌われたということになります。

 つまり、ある種のアナクロニズムというか、古典期に近いアルカイック期の詩人が、はるか昔の青銅器時代の伝説について歌っているということになります。その対象はギリシアの神々と人間の模様ですので、当然、「ギリシア神話」が背景になります。


●ギリシア神話の基礎知識を知る


 「ギリシア神話は、どういうものか」と尋ねられると、私はいつも「簡単には答えられない」と申し上げます。キリスト教やイスラムなどとは違って、「これだ」という経典が、まずありません。権威もありません。ある意味、変化自在なのです。さまざまな神々と、その逸話が、時代によって脚色されて膨らんでいったものです。

 私たちがギリシア神話の神々や星座としてなじんでいるものは、ほぼローマ時代に書かれたもので、少しメロドラマ化されているようなものになります。そういう意味では、ホメロスの作品自体も、ギリシア神話の一つの古典として考えられているものです。

 重要な点は、ギリシア神話というと、つい「物語」であるとわれわれは捉えがちですが、古代のギリシア人にとっては当然生きた信仰の対象だったところです。彼らは常に神殿に行って、お供えをして祈り、何か悪いことがおこると神々による罰ではないかとリアルにおびえていたのです。ですから、決して文学のなかの物語だとは思われないようにしていただければ、と思います。

 ギリシア神話というと、オリュンポスの12神──ゼウス、ヘラ、アポロン、アルテミス、アテナ等々をご存じだと思います。これにはさらに古い層がありまして、一番古い神はウーラノス(Ouranos)という天の神で、その後にクロノス(Kronos)という神がいて、その後がゼウス(Zeus)です。つまり、ゼウスは息子の息子で3代目となりますが、それぞれの神が自分の父親を追放することによって権力を得ています。革命的な神の3世代なのですね。

 私たちが生きているこの世界は、ゼウスが支配する世界だという世界観のなかにあります。例えばゼウスがつかさどる「正義」というものが、この世界の「秩序」になるということです。その大きな基本のなかで人間は生きているということが、ホメロスの叙事詩における一つの大きな枠組みになっています。


●神と人間の対比構造、そして英雄


 これら数多くの神々がいるわけですが、神と人間というのは、簡単にいうと、「神=不死なるもの/人間=死すべきもの」という点に大きな違いがあります。

 神は誕生(というのも違和感があるでしょうが)すると、それ以降は決して死ぬことがない。それに比べて人間は、生まれ落ちて以来、病気やけがが絶えることなく、やがて死んでいく。そういう、はかない人間と永遠の神という大きな対比があります。

 人間は当然、はかないもの・弱いものということになるわけですが、そのなかで人間がどう生きるのか。そして、面白いことに、(神と人間の)真ん中の橋渡しのところに「英雄」という人たちがいます。現在でも「ヒーロー」と言われるのがギリシア語(ヘーロース)から来ているのです。

 これは半分神様で半分人間という存在です。神様のお父さんと人間の間に生まれた子ども、神様のお母さんと人間の間に生まれた子ども。このように親の片方が人間であると、彼らも死にます。つまり、英雄というのは人の力よりもすぐれた能力を持っていたり、神からのご加護をより多く受けていたりするのですが、最後はやはり死に至るのです。


●人間の「はかなさ」に貫かれた世界観


 今回の主役になるアキレウスは...
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