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アイデアや才能が育ちやすい環境を整備する方法は二つある

マルクス入門と資本主義の未来(8)【深掘り編】付加価値を高めるために

橋爪大三郎
社会学者/東京工業大学名誉教授/大学院大学至善館教授
情報・テキスト
労働者が自分の付加価値を高めるために取るべき手段の第一は「教育」である。対して、企業はアイデアと技術力によって新たな需要をつくっていくことで、付加価値を高める必要がある。そのためには、エンジェルタイプの投資、もしくは中国型の国家的な投資が必要だが、日本はどちらの道も取っていない。逆算の視点を持って、すぐには利益が出ないがとても重要である「基礎研究」に投資することが求められている。講義後の質疑応答編第2話。(全10話中第8話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:57
収録日:2020/09/09
追加日:2021/02/11
タグ:
≪全文≫

●労働者の付加価値を高める第一の手段は教育


―― 企業としてどのように価値をつくっていくのかという際に重要なのは、新しいサービスや製品を作っていくことが価値創造であり、それが需要を生み出せば利益が出るということかと思います。反面、先ほど先生が指摘された、グローバル化の状況下では同じ努力をしても、新興国の企業に負けてしまうので、それを避けるために海外に工場が流出してしまうという流れがあります。このような状況は、先進国である日本の労働者からすると、厳しい側面だと思います。こうしたことに関して、企業と労働者の考え方としてどのように整理すれば良いでしょうか。

橋爪 労働者の戦略としては、労働力の付加価値である限界生産性を高めていくことが挙げられます。その第一の方法は教育です。したがって、教育に投資することは非常に重要です。しかし、教育もビジネスなので、皆が同じように考えるようになると、教育費用がどんどん高くなっている傾向にあります。

―― 現在、日本の教育費用も非常に高くなってきていますね。

橋爪 日本はアメリカに比べるとまだ大したことはありません。

―― アメリカは確かにそうですね(笑)。

橋爪 話を戻すと、教育投資の費用対効果は、教育費があまりに上がってしまうと、それに見合わなくなってしまいます。日本でも、「大卒あぶれ」のような現象が起きているので、見合わなくなってきた側面もありますが、それでも個人的には日本ではまだ教育投資のリターンを十分に得られる教育費用水準にあると思います。

 しかし、アメリカのようにほとんどの人が教育投資を目論む国では、見合わない水準で均衡してしまいます。とはいえ、教育投資を諦めてしまうと、人生をはい上がるのはなかなか難しいのも現状です。いずれにしても、教育が一つの方法としてあります。


●企業の付加価値はアイデアと技術力によって決まる


橋爪 企業の方で付加価値をつける方法に関してですが、価値の本質は『資本論』の記述からはなかなか理解できません。『資本論』の世界では生活必需物資を生産していて、需要と供給は一定と仮定しています。しかし、近代経済学の世界では、需要と供給は変化します。需要の背景にあるのは、ある商品を欲しいと思う度合いを表す効用関数です。人々が何を欲しているのか事前に分からないという事実が、経済における非常に重要な点です。

 例えば、コンピューターを例に挙げると、コンピューターが存在して初めて、その需要は観測できます。しかし、コンピューターが存在しなかった時代には、コンピューターに対する需要は存在しなかったのです。存在しないものが欲しいかどうかは、本人にとっても分からないのです。存在するとこれから人々にとって役に立つであろうことを考えだし、それを供給すると確実に需要が生まれます。それを考え出せば良いのです。

 トイレを例に取ると、トイレの機能はおおむね決まっています。ある程度の技術と品質のもので、そこにウォッシュレットをつけるなどしますね。しかし、例えばトイレに座るだけで、糖尿病かどうか、脂肪の値はどうか、今日の排泄物の状態を分析したらどうかなど、いろいろなことが分かって、それを教えてくれる機能がついたとすれば、それは付加価値ですね。トイレ以外にはそうした機能は代替できそうにありません。したがって、もしそうしたことが可能であれば、それは今までのトイレを新しいトイレが超えていくということです。そのような考えの中で、製品を生み出せるかという点が重要なのです。

 世界で初めての製品として生産するためには、アイデアと技術力が必要です。ゆえに、新興工業国や発展途上国ではなく、先進国がこの点では適しています。賃金の安い場所ではなく、教育に集中投資している先進国で、このような革新が起こりやすいのです。すると、創発者の利益があるので、資源投下などのコストを計算しなくとも、人々がそれを欲しがるのであれば言い値で売れるため、利潤率が高くなります。これを連続的に行うのが、先進国の戦略です。アメリカはこれをよく理解しているので、大学の条件を良くすることで、世界中から知性豊かな人材を招いています。大学を重視して、大学を中心にそこからのスピンオフによって、新たなビジネスを生み出しています。

 こうしたモデルを日本でも取れるかというと、大学の力が弱いために、なかなか厳しいと考えられます。しかし、アイデアを実物にして、使いやすくリーズナブルなものにしていくチームワークに関しては、アメリカよりも秀でています。ですので、アメリカと日本がそのように分業できれば、最強のタッグが組める可能性はあります。もちろん、アイデアから自分でつくることができれば、一番良いのですが、仮にそれがうまくいかなかったとしても、日...
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