●「日本人の心のふるさと」は天皇
執行 ヨーロッパだと19世紀に、ニーチェ があの有名な「神は死んだ」と言いました。でもニーチェはご存知のとおり、大変な信仰者です。神を捨てるために、狂うまで「神なんて関係ない」と言った。それはすごい信仰です。
―― すごいです。信仰者です。
執行 ヨーロッパも信仰があった。日本の場合、やはり天皇だと思います。三島由紀夫までは確実にみんなあります。それで天皇に絶望して死んだ人もいるし、いろいろいます。どちらにしても天皇に「日本らしさ」が集約しているということです。
―― その根っこがあるかどうかですね。それで芥川龍之介は逆に、西欧の科学文明と戦うわけですね。戦いながら「ぼんやりとした不安」で自殺まで追い込まれる。そういう人たちがいた時代ですね。
執行 そういうことです。
―― その中で有名になった人も有名でなかった人たちも、旧制高校を中心にみんな1回はその葛藤があった時代。
執行 あったということです。私が中学生、高校生まで知っていた人間は、無名の人であれ、ちゃんとした人、尊敬に値する人は、みんなありました。天皇制反対で、天皇制を親の仇だと思っているような共産党員でも、天皇陛下から声かけられたりしたら震えちゃっているわけだから(笑)。
―― 私が一番驚いた映像は、敗戦後 、「オキュパイド・ジャパン(Occupied Japan=占領下日本)」のGHQ支配の時代に、昭和天皇が国民を元気づけるために巡幸したときのものです。当時、破綻していますから、警備なんてありません。でも、どこへ行っても、まったく大丈夫だった。しかも普通は、敗戦国の皇帝が来て、「わざわざ来てくれた」と死ぬほど感激してくれる国民を持っている国はないですよね。
執行 まったくないです。天皇は「帝王」ではなく、「日本人の心」であり、「日本人の心のふるさと」ですから。「日本人の心のふるさと」は、実は田園でもなければ、景色とか緑とか里山といったものとは全然関係ない。天皇なのです。天皇の存在が日本人の心の原点で、それを失ったということです。
―― ものすごく大きいですね。
執行 大きいです。だから今の日本人は、何をやってもダメです。
●「壁」があるからこそ、素晴らしいものが生み出されていく
―― 私も昭和世代で、執行先生と7つくらい違いますが、感銘を受ける人や面白い人が、小学校、中学校、高校、大学には、けっこういました。けっこう気楽に会ってくれたし、いわゆる今の偉い人と全然違います。
執行 だから三島由紀夫もそうです。私みたいな高校生相手に、今から見たら一番有名だった作家が、7時間も8時間も文学論をしてくれたのですから。村松剛もそうです。私は高校3年のときにユダヤ・パレスチナ問題に興味を持って、政治的な本をどんどん読みました。でも当時、まだパレスチナ問題は日本では関心が低く、文献が少なかったので、全部読み終わってしまった。中で一番詳しかった人が村松剛さんで、仕方がないから村松剛さんの家に電話をしたのです。当時は本に、電話番号まで書いてありましたから(笑)。
―― いい時代ですね。
執行 住所も書いてありました。だから「もう文献がわからないので、教えてもらえませんか」と高3のときに電話をかけた。すると村松剛さんが「それなら全部教えてやるから、ぜひ家に遊びに来い」と言うので、家に遊びに行ったのです。当時、麹町にありました。
そして「ここまで読んだのなら、こういう本がいい、ああいう本がいい」と言って全部貸してくれました。ほとんどが英語の本で、フランス語もありました。フランス語は読めないので借りませんでしたが、ほとんど貸してもらいました。
それから村松剛さんにもかわいがられて、いろいろとご一緒しました。当時、村松剛さんはチベットの独立運動をやっていたので、一緒に手伝ったりもしました。私もダライ・ラマ14世に感動して、そのときに知り合ったのが、有名人だと(作曲家の)黛敏郎さんです。黛敏郎さんも天皇意識がすごい人でした。村松剛さんもすごかった。だから名のある人は、ほとんどみんなです。
もちろんあの当時も、こう言っては悪いですが、くだらない人間は別です。今はそういうことを言わなくなりましたが、くだらないやつというのは徹底的に貶してやらないとダメなのです。昔は親だってみんな、息子が馬鹿なら「馬鹿息子」と言いました。今は言いません。だって親が子どもに好かれたいのですから。考えられないことです。
―― 父親の子どもに対する唯一の役割は「壁」になってやることですよね。
執行 そうそうそうそう。
――「好かれたい」と思ったら、親が壁にならなくなります。
執行 だから今、「壁」がないんです。一番大きな壁は、昔のヨーロッパだと神です。神がまず壁で、それによ...