●かなり問題含みの保護主義…リストの主張
―― そういった時代の流れの中で、異端の経済学者も出てくるのですね。
柿埜 古典派に対して、当然ながら反発もありました。それが、資料に挙げた異端の経済学者です。経済の調子が悪くなってくると彼らは影響力を増し、強くなってくるわけです。
1つは「ドイツ歴史学派」といわれるグループです。これは保護貿易主義を唱えたドイツの経済学者フリードリッヒ・リスト(以下、リスト)の流れを汲んでいるグループです。彼らは「歴史法則主義」を取っています。
歴史法則主義とは何かというと、「普遍的な経済法則など存在しない。経済は歴史の段階によって法則がどんどん変わっていくのだ」という考え方です。だから、「古典派の主張は先進国にしか当てはまらない。遅れた国は保護貿易が必要だし、政府の介入が必要だ」というものが、歴史学派の主な主張です。
というよりも、彼らは「経済法則などない」という点にとても重心を置いています。でも法則がなかったら、経済学は歴史の研究に解体してしまいますよね(経済学という学問は成立せず、単に歴史を研究すればいいだけになってしまいます)。だから、かなり問題含みの主張でした。
―― 第二次世界大戦後、独立国が増えた中でも、いわゆる保護貿易主義というか、「先進国から輸入しないで自国の産業を高める」という政策を、かなりの国が採用しました。
柿埜 そうです。そういった考え方はその後もずっと根強く残っていて、第二次世界大戦後に途上国は一斉に保護貿易主義を採用して、「輸入代替工業化」を行います。これは全部、ことごとく失敗しています。これを行わなかった国がその後、大きく成長したわけです。例えば、台湾や韓国がそうです。もちろん日本も基本的に、これを行わないで発展した国です。要するに、保護主義は結局、歴史的にはいつも失敗するのですが、この時代からそういった考え方(保護主義)はあったのです。
―― 根が非常に深いのですね。
柿埜 リストは今でも保護主義者の間でとても人気がある人物なのですが、最後に自分は受け入れられないと思って悲観して自殺してしまうという、非常に気の毒な学者ではあります。
ただ正直いって、リストは、やはり少し危ない思想家です。リカードやアダム・スミスを批判しているのですが、はっきりいって、リストはリカード(の著作)を読んでいません。
―― そうですか。
柿埜 これはあまり指摘する人がいないのですが、「リカードは農業(地代)についてばかり書いている」とリストは書いています。ですが、リカードは農業(地代)についてばかり書いているのではありません。また、実はリストは比較優位の原理もまったく批判していないのです。これはおそらく、リストはリカードの著作の最初のほうだけ読んで「こいつは間違っている」と思って、そのままうっちゃった(編注:放っておいた)か、理解できなかったか、どちらかだと思います。
ですから、リストは人気はあるのですが、例えば植民地帝国をすごく支持していました。保護主義で自給自足的な経済をつくろうという発想であれば、当然そうなります。はっきりいって、経済学的な観点から見ても、リストの意義は乏しいと私は思っています。
―― 確かに第二次世界大戦後の経験を見ても、そういうことがいえますね。
●「空想的社会主義」は本当に「空想的」だった
――次に、社会主義、マルクス主義があります。
柿埜 社会主義は当然、出てくる動きです。市場経済の前は、先ほどもお話ししましたが(第2話)、基本的に経済は政府が規制して、規制した中で取引をする。国営企業があり、政府の法律があって、正しい経済なるものをつくるという発想で行っていたわけです。
それを市場経済がぶっ壊してしまったのです。急に豊かになる人がいたり、新しい企業が次々と出てきたりして、昔ながらの企業は時代遅れになってしまう。そこでいろいろな交代が起こる。
そのような中で、例えば当時の一般の人があまり好ましいと思わないような、ユダヤ系の企業家のような人たちが大きな成功を収めたりする。それまで差別されて、非常にかわいそうな境遇に置かれた人たちが、自由な経済活動を許されて大きく富を拡大したのです。
ついでにいうと、「〇〇家の陰謀」などといった話はまったくおかしな話で、むしろ非常にまともな活動をしていたから成功したというのが実態だったと、私は考えています。ですが、このように急に豊かになる人が出てきたりすると当然、反発を持つ人が出てくるわけです。
そういった人...