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ケインズ革命への誤解…真に独創的なのは、どの部分か?

本当によくわかる経済学史(10)「ケインズ政策」の誤解と真実

柿埜真吾
経済学者/思想史家
情報・テキスト
不況の際は政府の財政出動によって景気回復を図る。これがケインズの政策であり、1929年の大恐慌を救ったのはケインズ革命によるものだと一般にはいわれるが、実はこれは必ずしも正しい理解ではないと柿埜真吾氏は言う。ケインズが本当に主張したことは何だったのか。真の独創性はどの部分だったのか。なぜ後世に誤解されるに至ったのか。論点を4つ挙げて考察する。(全16話中10話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:13:19
収録日:2022/06/08
追加日:2023/02/08
≪全文≫

●「ケインズ革命」は実は難しく、誤解されている


―― まさに「ケインズ革命」と呼ばれるような事象が起きてくるわけですが、ケインズ革命は一般には「よく効果があった」と言われます。「大恐慌を救ったのは、まさにケインズ的な政策だ」というのが一般的な理解ですが、ここはどう理解すればいいのでしょうか。

柿埜 よく「大恐慌はケインズ革命のようなものによって終わった」と説明されるのですが、ケインズの本が出たのは1936年です。実は大恐慌と『一般理論』は、直接的な関係はありません。

 ケインズ革命は、実は難しいところがあります。「自由放任主義の新古典派経済学が、それまではすごく優勢だった。失業などは自発的なもので、本当に困っている人などいないと皆が言っていた。大恐慌が起こって、そうではないことが明らかになり、ケインズが『自発的ではない失業はある』ことを証明した。そこで公共事業を行ったら景気が良くなることを証明した。そして、ケインズによってマクロ経済学がつくられた」というのが一般的な理解です。

―― そうですね。おっしゃる通りです。

柿埜 ですが、実はこれは正しくないところが多々あります。

―― 正しくないのですか。

柿埜 何かというと、先ほどもお話ししましたが(第7話)、新古典派は実は、それほどガチガチの自由放任主義者の集団ではありません。フィッシャーは「きちんと金融緩和しろ」と叫んでいましたし、アメリカの新古典派のグループに「シカゴ学派」といわれるシカゴ大学を中心とした経済学者がいましたが、彼らも懸命に「公共事業を行って、金融緩和をしなさい」と言っていました。また、(やや言い方が悪いのですが)ケインズが目の敵にしていたピグーという経済学者も「公共事業を行うべきだ」と言っていたのです。

―― では皆、言っていたわけですか。

柿埜 皆が言っていたので、実はケインズの独創的な点は、そこではないのです。では何がケインズ革命なのか。「それまでマクロ経済理論や景気循環の理論がなかった」というのも、明らかに正しくありません。

―― そうですね。皆さん、言っていたのですからね。

柿埜 それから「市場が失敗するという発想をケインズが出した」というのも事実ではありません。むしろ新古典派の経済学者たち(ピグーがそうです)は、市場が失敗する可能性を一生懸命、研究しています。これは現代の環境政策にも影響を与えています。だから実は、ケインズについて一般的に言われていることは非常に通俗的な理解で、あまり正しくないのです。

―― なるほど。

柿埜 では、何が「ケインズ革命」なのか。(いろいろ異論があるとは思いますが)簡単にいえば、それまで貨幣の量や実物的な要因など、景気を動かしているものがいろいろと挙げられましたが、ケインズは「景気を動かすのは投資だ」と主張したことが1つです。「投資が変化することによって、それに影響を受けた消費活動が変化して、経済が変動する。だから投資が経済のドライバーだ」というのが、ケインズの重要な発想です。

 ケインズ自身は、「投資をするかどうかの決定は南極探検の決定と同じで、うまくいくかどうかは分からない。企業家の挑戦(アニマルスピリット)だ」という言い方をします。投資というものはかなり不安定だというわけです。

 この「投資によって景気が動く」ということをまず説明したのが、ケインズです。


●ケインズが述べた財政政策の真のポイントとは?


柿埜 もう1つは、投資によって経済が動くということは、要するに、景気は不安定に動く可能性があるということです。よくいわれる「非自発的失業」というものです。

 これをケインズが発見したと一般的な説明ではされるのですが、でも労働者が自発的でない失業をしていることは、新古典派も分かっています。それに初めてケインズが気づいたなどというのは、あまりにも単純化しすぎた理解で、事実ではありません。

 「非自発的失業」とは専門用語で、“自分では望んでいないのに失業している人”のことを呼ぶのではありません。そうではなく、“今の賃金で働きたいのに、経済全体の需要が不足しているせいで失業する人”のことです。

 そこでケインズが言った非自発的失業とは、要するに「経済全体の需要が不足していて、皆が支出しようと思っていない。そのせいで仕事に就けない人がいる。だから他の人が支出しない代わりに、政府が支出してあげたら就職できる人がいる」、そういった状況を指しています。この非自発的失業が存在するというのが、ケインズの重要な論点です。

 こういうものも、新古典派といわれた人たちがまったく否定していたかというと、実はそうでもありません。ただ、新古典派の重要な主張は、「不況とはあくま...
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