●ヒトラーの経済政策が「素晴らしかった」はまったくの誤解
―― 恐慌をめぐるいろいろな議論がありますが、ケインズ的な政策が良かったという一例としてよく取り上げられるものに、ヒトラーの経済政策があります。軍拡で軍需産業をガンガン行ったり、アウトバーン計画のような公共事業をたくさん行ったりした結果、ドイツという国が短期間に立ち直り、国民が圧倒的な支持をしたのではないかと言われます。これについては、どのように見ていますか。
柿埜 これはものすごく大きな問題だと私は思っています。
―― 問題なのですね。
柿埜 はい。ヒトラーの政策は「その後は悪かったけれども、経済を復興させたことは素晴らしかった」といったように言われます。これは本当に間違っていて、そうではないのです。
―― 実際はどうだったのですか。
柿埜 実際はまったくの誤解で、まずヒトラーが景気を回復させたのではありません(ある意味では回復させていますが)。そうではなく、根本的な問題として、それ以前のワイマール共和国の政治家たちが無能すぎたのです。
彼らは金本位制の維持にこだわり、大量の取付が起こっていても引き締め的な金融政策をずっと続けていました。先ほどのアメリカの例(第8話)とまったく同じで、貨幣が激減するのを放っておいたのです。そういった政策が、景気をものすごく悪くしました。それで失業者たちが絶望して、とてつもない過激な政党であるナチスや共産党といったところに投票するようになったのです。
―― あの時は両極が一気に政局的に伸びているというところでしたね。
柿埜 ええ。要するに共産主義は、「金持ちに責任がある。金持ちこそ君たちが困窮している原因だ」という考え方です。ナチズムは、「ユダヤ人という特定の人が陰謀を企んでいて、そのせいで君たちは貧乏なのだ」という考え方です。
実はこれは、そのまま重なっています。なぜかというと、ユダヤ系の人たちは、ドイツの中では裕福な人たちが比較的多かったのです。だからドイツ共産党も、反ユダヤ的なレトリックをこの時期にとても使っています。ナチスも、です。だから当時の人々の偏見を取り入れた社会主義だったのです。「国家社会主義ドイツ労働者党」 がナチスの正式名称です。
―― そうですね。「国家」がついていますが、社会主義労働者党ですからね。
柿埜 そうです。要するに、国家社会主義だけれども、インターナショナルではなく、結局これも社会主義なのです。
ヒトラーの時代に景気が回復した理由は非常に簡単で、それまで続けられた金融引き締めを止めたからです。それで貨幣が増えるようになったのです。
次のスライドの図を見ると、アメリカの例とほとんど変わらないことが分かると思います。
―― 景気の流れと貨幣量の流れですね。
柿埜 貨幣量が劇的に減少し、景気がものすごく悪くなった後に貨幣量が増えていき、そのために景気が回復している。この流れは、ナチスドイツであれ、アメリカであれ、他の国であれ、どの国も一緒です。世界的に見ても、これはまったく同じなのです。
だから、「ナチスが何か神秘的な素晴らしいことをやったから何とかなった」という発想はまったくとんでもないこと、論外といってもいいものです。基本的には、それまでワイマール共和国が無茶苦茶な金融政策を行っていたのを、為替管理を導入して(これもあまりいいやり方ではないのですが)、金本位制を事実上、止める。そこから景気が回復しているというだけで、これは一般にいわれているような公共事業(公共事業もやってはいますが)とは、それほど関係はないのです。といいますか、公共事業をやっていたとしても、金融緩和をしなければ景気は回復しなかったわけです。
●ドイツの失業率が激減したカラクリ
柿埜 また、ナチスの大きな業績だなどとしばしばいわれるアウトバーンですが、アウトバーンはワイマール共和国時代にすでに計画があって、造り始めていました。だから「アウトバーンがナチスの云々」というのは、ナチスが自分たちの正当性を高めるために、自分たちが造ったわけではないものを横取りしたという話なのです。
―― これも一種のプロパガンダ的なものだった、と。
柿埜 ええ。ナチスの流したプロパガンダを真に受けている方は今でも大勢います。例えば、やや話が逸れますが、ロスチャイルド家がナポレオン戦争の時にインサイダー取引のようなことを行ったり、嘘の噂を流したりして儲けたという話がよく出てきます。ですが、あれはナチスのプロパガンダ映画に出てくる話で、嘘です。はっきり分かっているデマなのですが、いまだにそう...