●「貨幣数量説」の重要なポイントは「短期的な影響」の大きさ
―― 大恐慌の話に行く前に、お話のあった貨幣数量理論はどういうものかを理解した上で、この後の時代に行きましょう。
―― ここにコペルニクスなどの名前も出てきていますが、どういうことでしょうか。
柿埜 「貨幣はどういうものか」ということは、非常に古くから論じられていました。また「貨幣が物価や景気に関係があるのではないか」という発想は、本当に古いものです。中世の人や古代の人も、これを知っていたと思います。実はコペルニクスは、生前は天文学者ではなく、むしろ経済学者として有名だった人で、貨幣を安定させるにはどうしたらいいかと国王から諮問を受けたりしています。だから、非常に古くからある考え方なのです。日本では「貨幣数量説」ということが多いのですが、「theory」ですから本当は「理論」と訳したほうがいいと私は思っています。
この考え方は古くからあったのですが、これを現在ある形に近いものに洗練したのがヒューム(アダム・スミスの友人でもあった人)です。これはその後、先ほども出てきた「限界革命」のジェボンズ、マーシャル、この専門家として非常に有名なフィッシャー、それからスウェーデン人のヴィクセルといった人たちが完成したモデルです。
この理論は、2つの柱があります。
1つは、「貨幣は長期的には中立的だ」ということです。物価は、長い目で見ると貨幣の量によって決まっている。過剰に貨幣が供給されるとインフレになるし、供給が少なすぎるとデフレになる。だから、重商主義者が言うように貨幣を貯め込んでも、豊かにはならないわけです。生産量を決めているのは、生産技術や資本蓄積、実物的な要因だということです。
ただ、貨幣数量説というと、(このスライドの)1だけだと思っている人がとても多い。ですが1だけを唱えた貨幣数量説の支持者はいません。これは勘違いです。
重要なのは(このスライドの)2で、貨幣の変動が短期的にはすごく景気を変化させてしまうのです。
貨幣が予想外に減少して皆、手持ちのお金が少なくなったら、今の価格では取引がうまくいきません。貨幣の量が減ってしまうと、今までの貨幣の量を前提にしていた価格は、全て高すぎる価格になってしまいます。そうすると、ものが売れなくなって、景気がすごく悪くなってしまう。価格を下げていって適切な価格にするまでの時間はとても長いし、その間に失業者がたくさん出るなどして、経済がものすごく落ち込みます。
逆に、貨幣の量がものすごく多くなれば、過剰に貨幣を持っている人たちは皆、それで買い物に出かけることになります。そうすると、ものの値段が今のままだと、飛ぶように売れるわけです。でも、飛ぶように売れていても、そのうちに生産の限界に突き当たって、だんだんと価格を値上げせざるを得なくなってくる。最終的には元のところに落ち着くわけですが、この短期的な変動の影響は、景気に対してものすごく大きな影響を与えます。貨幣数量説の一番重要な点は、実はこれなのです。
ヒュームもこの点をきちんと指摘していましたし、フィッシャーは「景気変動の大部分はドルのダンスだ」と言っています。どういうことかというと、(ドルというのはアメリカの経済学者だからですが)ドルの価値が上がったり下がったりと貨幣の変動が起こることによって、経済がおかしくなってしまうということです。だから、貨幣の量を安定させれば経済が安定するはずだと皆、思っていたのです。
●貨幣を安定させれば景気は安定するはずだが、なぜ大恐慌が起きたか
柿埜 この考え方に基づけば、貨幣を安定させれば景気は安定するはずです。アメリカの中央銀行――「FRB」とわれわれは呼んでいますが、アメリカでは「FED」と呼ぶことが多い――は、貨幣数量説的な考え方に基づいて、「景気を安定させるためには貨幣の安定が必要だから、そういうことをやる中央銀行をつくりましょう」という発想で設立されたのです。第一次世界大戦後のFRBは、きちんとそういう政策をやりますと言っていました。
ところが、「やっていたのにうまくいかなかった」という話が出てきます。それが大恐慌だったのです。
―― 今、FRBのお話がありました。本当は貨幣の量を調整するはずでしたが、実はしていなかったということですね。
柿埜 はい。当時、FRBは「われわれがきちんとやっていたにもかかわらず、恐慌が起こった。防げなかった」とさんざん言ったので皆、そう信じてしまいました。
ですが実際には、ミルトン・フリードマンの先生に当たるジェイコブ・ヴァイナーや、フランク・ナイトとい...