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ショパンの心臓はなぜポーランドに?遺言と祖国への想い

ショパンの音楽とポーランド(9)絶筆のマズルカ

江崎昌子
洗足学園音楽大学・大学院教授/日本ショパン協会理事
情報・テキスト
ショパンは「自分の心臓はポーランドに」という遺言を姉に託した。それゆえ姉は、ショパンの心臓をアルコール漬けにして、ポーランドに持ち帰った。「11月蜂起」の失敗後、ポーランドに戻ることができなかったショパンだが、心臓だけは祖国に帰ることができたのだ。いま、その心臓はワルシャワの聖十字架教会にある。講座の最後に演奏するのは、ショパンの絶筆「マズルカ第49番ヘ短調 作品68-4」である。半音階が移ろっていくようなこの曲の響きに、われわれは何を感じるだろうか。(全9話中第9話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:09:42
収録日:2022/10/13
追加日:2023/05/11
カテゴリー:
≪全文≫

●「心臓だけは祖国に帰したい」と願ったショパン


―― ちょうどこの時期はフランス革命から始まって、フランス自体もそうですが、何回も革命が起きたり反革命が起きたりという非常に動乱の続く時代です。そのなかでこういう曲(革命のエチュード)を作っていく。しかもポーランドという国を失った立場でショパンが投げかけたものは非常に重かったと思います。そして、おそらくその思い、これを作曲した絶望と未来への希望みたいなものを最後までずっと持ち続けていたからこそでしょう。たしか、亡くなったときは、遺言で「自分の心臓はポーランドに」と言ったわけですよね。

江崎 そうですね。心臓だけはポーランドに帰したい。自分は帰れなかったわけなので、それを遺言としてお姉さんに託した。そのお姉さんが彼の心臓を、当時の技術ですが、本当に取ったわけですね。取って、アルコール漬けにして持って帰り、それが今、ワルシャワの聖十字架教会というところの柱に今も残っています。

 10月17日がショパンの命日ですが、5年に一度行われるショパンコンクールのときは、ショパンが遺言のように「自分の葬式にはモーツァルトのレクイエムを演奏してほしい」と残した言葉にちなみ、そこでレクイエムが演奏されます。ショパンコンクールの人たちもみんなそこへお祈りに行くという恒例の行事もあります。

 彼の心臓は非常にいい状態で残っているらしく、何年か前に科学者や医療家たちがそれを開き、今の技術によってショパンの罹っていた病気、結核のなかでももっと詳しい種類を判明させているようです。

 その柱には、そこで眠るショパンに対して、「やっと帰ってこれたね。ここがあなたのいたかった場所ですよ」ということが書かれています。ショパンがやっと帰ってこられたということが印象的に伝わりますので、ポーランドを訪れる人はぜひそこに行っていただきたいと思います。


●クラシック音楽は背景を知って聴くと歴史や文化の理解が深まる


―― 今のお話でも、ポーランドの方々も、そういうショパンだからこそ、ずっと誇りにも思っているし、今のような迎え方をしているということになるわけですね。

江崎 そうですね。やっぱりショパンというのはポーランドの人たちにとって、空港の名前が「フレデリック・ショパン空港」というぐらいなのですが(笑)。いろいろなところでショパンの軌跡や足跡を見ることができます。ショパンが帰りたくて帰りたくて思い焦がれていたポーランドというものは、今でもいろいろなところでそれを感じることができるかと思います。

―― ちょうど生まれた村が「空が横にある」という話から始まりましたけど……

江崎 あ、そうですね、そうですね。

―― そこからさらにそういうショパンの、そしてポーランドの姿というものを、やはりただ音楽だけを楽しむのではなく、そういう背景などもいろいろ知りながら聴くと、また文化理解が…。

江崎 クラシック音楽は、とくにそうですね。

―― そうですね、歴史理解が深まっていくような気がします。

江崎 そうですね。それだから生まれたというものが、ありますね。


●書き終えることなく亡くなってしまった「絶筆のマズルカ」


―― 本日、最後に演奏いただくのは何の曲になりますか。

江崎 はい、これは絶筆の「マズルカ ヘ短調 作品68-4」というものです。マズルカなのですが、もはやここには大きなアクセントもなく、ヘ短調という嘆きの調の半音階で書かれています。広い音程の飛び跳ねるもの、足踏みのようなものもありません。マズルカの香りがほんの少し残っている程度というような感じのするものです。半音階が移ろっていくような曲調で、それこそ、もう死の床にいるショパンが書いたというような作品なのですけれども、スケッチしか残していなくて、あとでそれを組み立てて今の曲に出来上がったのです。

 これが絶筆になるのですが、(ショパンは)書き終えることなく、亡くなってしまったんですね。だから、本当にどういうものだったのかは、何パターンかがあるものです。

 ものすごく悲しくて、死に行こうとする方の心境はまさにそうなのだろうと思われます。 でもそこに、やはりマズルカが最後だったというところが、ショパンの心臓がポーランドに還りつつあることを象徴しているような作品です。

 なので、この曲はどうやって終わったかが分からないわけです。私の先生は、途中でフェイドアウトするように終わる弾き方をなさるので、私も弾く特別なときに、もちろんこれはこうやって終わったかどうかは分からないのですが、そういう終わり方の象徴的な作品として、演奏することがあります。

―― ありがとうございます。それではこの講座の最後に「マズルカ ヘ短調 作品68-4」を聴いてお別れしたいと思います。で...
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