●その日に言いたいことを、床の間の掛け軸で示す
執行 その英国ですら、今の政治家は(ひどい)。(デーヴィッド・)キャメロン(首相)から。
―― 彼はボーディングスクールのイートン校から始まって、オックスフォード・ユニオンの会長になって、保守党が10年ぐらい面倒を見て、絶対安全な選挙区から出た人です。まさにキャメロンあたりからですね。仕組みがどこかが壊れていると。
執行 だから、ジェントルマンではなくなり、下品。最後が(マーガレット・)サッチャーぐらいではないでしょうか。まあまあ、教養があるのは。
―― そうですね。やはりどこかで壊れたのですね。
執行 だから、アメリカ人も(ジョン・F・)ケネディまでは、好き嫌い別にして演説に品格がありました。「さすが世界のリーダー」という感じがあった。ケネディの次から全くないです。自己の欲望だけ。これは言葉を聞いていても出ているのです。
―― もう(リンドン・)ジョンソン、(リチャード・)ニクソンなどになってくると、ないのですね。
執行 そう、一挙にダメになりました。ケネディは、やはり英語に関しては、すごく綺麗です。さすが名門ハーバードと思います。ああいう人は今、誰もいませんから。
―― やはり、ある程度の教養のある家から出てくる。そして、絶対的に自分の家系を「すごい」と思い続けていることがバックボーンになっていると。
執行 多分そうだと思います。それからいつも言うように、教養の根本は文学です。若いときに文学を読み込んでいるかどうか。いろんなところでの会話を聞くと、やはりケネディまでのアメリカ大統領はすごく文学を読んでいます。文学の引用や文学の話が多いですから。いろんなところにポンポンと出てきます。
次のジョンソンやニクソン以降は、CNNの国際放送などを聞いても文学の例が出る大統領は一人もいない。政治経済だけ。全部、「どこがいくら儲けた」といった話だけです。
チャーチルも文学でした。文学の話に転換できるのは、もともとユーモアです。現実と違うことにパッと置き換えができる。日本で言えば、政治家の床の間に軸装が飾ってあり、これで相手に言いたいことを示す。大体昔の偉い人は、(その人のところに)遊びに行くと、その日に言いたいことが軸になっていました。
―― なるほど。床の間の軸を見ると、それがあると。
執行 教養がない人は意味がわからないから、「あれはどういう意味だろう」と帰ってから聞く。そういう物語は、明治にはすごく多い。今日は濱口雄幸が元老のところに遊びに行ったら、こういう軸が掛かっていた。「あれは俺に何か言いたいのではないか。あなた、どう思うか」とか。そういう日記や会話があります。
自分は何も言わないで、掛かっている軸で示すのが、日本的に言えばウィットで、一つのユーモア。それをドーンと言ったら、身も蓋もないということです。
―― 原敬と山縣有朋のやりとりも、そうですね。
執行 あの辺はそうです。
―― やはり大したものなのですね。
●かつての「偉い人」は魂は庶民と同じところにあった
執行 山縣有朋は足軽だと馬鹿にされていますが、やはり教養があるのです。山縣有朋のつくった椿山荘をはじめ、邸宅を見たら普通人ではありません。すごい才能です。日本史に残る庭園をいくつもつくったのですから。 小川治兵衛という庭師がいたからですが、小川治兵衛に命令してつくらせたのは、山縣有朋です。それはやはり山縣有朋の才能です。
―― 椿山荘はまさにそうですよね。
執行 あの庭園を見たら、山縣有朋の教養がわかります。ああいう人が偉い人だったのです。
―― ああいう人がいるあいだの日本は強かったわけですね。
執行 強い。山縣有朋は「国家の黒幕」と言われていますが、黒幕だったのは日露戦争までです。日露戦争までの日本は、戦争も自慢して喋れる、本当の国民戦争です。これを指導したのが山縣有朋です。
―― 伊藤(博文)にしても、(山縣有朋がいると)総力戦ができるというような感じですね。
執行 今の人たちと一つ違うのは、自分がその戦争の中に入っていることです。今の政治家は誰を見ても、「自分は偉い人」。それが庶民の話をしている。
―― そうか、偉い人が庶民の話をしているわけですね。
執行 「そうじゃない」と言えば言うほど、(そのことが)わかります。一般にいう“上から目線”。山縣有朋は現実にはすごく威張っていて、嫌なやつで有名です。でも、山縣有朋の魂は庶民と同じところに暮らしていたと思います。日露戦争の作戦などを見るとわかります。乃木希典も突撃して死んでいった一兵卒と同じ気持ちを持っています。だから、みんな死ねたのです。
―― だから、二百三高地で行けたのですね。
執行 二百三高地で死んだ人たちは、み...