●上手に思ひ出す事は非常に難しい
―― そうした中で、小林秀雄が先生は大好きですね。
〈上手(じょうず)に思ひ出す事は非常に難しい〉
とありますが、これまたすごい言葉だと思いました。
執行 けっこう有名ですが、すごい言葉です。小林秀雄の言葉として非常に好きなものの一つで、これもずっと座右銘にしています。私はこの座右銘のおかげで、人生がどのぐらい助かったかわかりません。
人間の記憶は、自分が記憶したいようにしています。どんな人生も、いい面と悪い面があります、必ず。だから、貧乏にしても、貧乏のいい点がありますよね。
―― はい。
執行 金持ちではもう味わえない、貧乏じゃなきゃ味わえない、人間のいい点があります。貧乏から出てきて、うまくいった人は、そのいい点を見ている人なのです。金持ちでも同じです。金持ちのバカ息子などというのは、金持ちが持っている悪い点だけ見ているのです。
―― 確かにそうですね。
執行 思い出について言うと、物事を物質学的に捉える人がいます。例えば、テレビを見ていると、子どもをどこかへ連れてきた母親や父親が「なんでディズニーランドへ来たのですか」と聞かれて、「子どもの将来の思い出作り」などと馬鹿なことを言っています。でも思い出というのは、ディズニーランドに行ったとか、アメリカに旅行したとか、そういうことではありません。思い出とは、どのくらいその人の情感の中に美しく入ったかです。
私は小林秀雄さんとは大学生の頃から縁ができています。
―― すごい話です。
執行 直接付き合っていました。いろいろなことを話したので、この言葉の意味についての話もあったのですが、それ以外に小林秀雄さんの一番の思想で、私に語ってくれて感動した言葉があります。当時、私が大学生の頃、小林秀雄は日本で一番頭がいい、知性的な人と言われました。
―― そうですね。
執行 日本の知性人、教養人の代表といえば小林秀雄だと。その時代の小林秀雄さんが私に直接、「知性というのは大したことない。知性とは勇気のしもべなんだ」と言ったのです。これを今もはっきりしていて、忘れられません。知性が勇気のしもべというのは、やはり小林秀雄さんの中心思想でした。
―― それはすごいですね。
執行 すごいです。これも、この言葉から出ているのです。どういうことかというと、いい思い出...