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「いい思い出」を持っている人とは勇気がある人である

人生のロゴス(5)記憶と思い出が人間を創る

執行草舟
実業家/著述家/歌人
情報・テキスト
『人生のロゴス 私を創った言葉たち』(執行草舟著、実業之日本社)
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日本の知性人、教養人の代表と当時言われた小林秀雄は〈上手に思ひ出す事は非常に難しい〉と述べた。大事なのは、思い出を情感の中に美しく入れられるか否かである。それができる人はたとえ貧しくとも、いい思い出ができる。いい思い出を持っている人とは、勇気がある人なのである。小林秀雄との交流は、戦後貴重だったレコードを貸すことから始まったが、親交を深めることができたのは無類の読書家だったからである。また、三島由紀夫とは、高橋和巳の『邪宗門』で最初の文学論を交わした。『邪宗門』は難解と言われるが、人間としての魂を求めるなら、どんな文学でも共振、共鳴することができる。(全14話中第5話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:12:13
収録日:2023/03/29
追加日:2023/06/23
カテゴリー:
≪全文≫

●上手に思ひ出す事は非常に難しい


―― そうした中で、小林秀雄が先生は大好きですね。

 〈上手(じょうず)に思ひ出す事は非常に難しい〉

 とありますが、これまたすごい言葉だと思いました。

執行 けっこう有名ですが、すごい言葉です。小林秀雄の言葉として非常に好きなものの一つで、これもずっと座右銘にしています。私はこの座右銘のおかげで、人生がどのぐらい助かったかわかりません。

 人間の記憶は、自分が記憶したいようにしています。どんな人生も、いい面と悪い面があります、必ず。だから、貧乏にしても、貧乏のいい点がありますよね。

―― はい。

執行 金持ちではもう味わえない、貧乏じゃなきゃ味わえない、人間のいい点があります。貧乏から出てきて、うまくいった人は、そのいい点を見ている人なのです。金持ちでも同じです。金持ちのバカ息子などというのは、金持ちが持っている悪い点だけ見ているのです。

―― 確かにそうですね。

執行 思い出について言うと、物事を物質学的に捉える人がいます。例えば、テレビを見ていると、子どもをどこかへ連れてきた母親や父親が「なんでディズニーランドへ来たのですか」と聞かれて、「子どもの将来の思い出作り」などと馬鹿なことを言っています。でも思い出というのは、ディズニーランドに行ったとか、アメリカに旅行したとか、そういうことではありません。思い出とは、どのくらいその人の情感の中に美しく入ったかです。

 私は小林秀雄さんとは大学生の頃から縁ができています。

―― すごい話です。

執行 直接付き合っていました。いろいろなことを話したので、この言葉の意味についての話もあったのですが、それ以外に小林秀雄さんの一番の思想で、私に語ってくれて感動した言葉があります。当時、私が大学生の頃、小林秀雄は日本で一番頭がいい、知性的な人と言われました。

―― そうですね。

執行 日本の知性人、教養人の代表といえば小林秀雄だと。その時代の小林秀雄さんが私に直接、「知性というのは大したことない。知性とは勇気のしもべなんだ」と言ったのです。これを今もはっきりしていて、忘れられません。知性が勇気のしもべというのは、やはり小林秀雄さんの中心思想でした。

―― それはすごいですね。

執行 すごいです。これも、この言葉から出ているのです。どういうことかというと、いい思い出を持っている人とは、勇気がある人なのです。だから思い出の悪い人は、勇気が欠如している、惨めな性格を持っていると自分で思ったほうがいい。

―― なるほど、そういうことなのですね。

執行 だから、生きていくための勇気を何か自分の中に出してくると、途端に思い出というのは、よくなる。それを小林秀雄さんは言っているのです。

 〈上手に思ひ出す事は非常に難しい〉とは、この難しい過程をやることが勇気の醸成にもなる、ということでもあるのです。

 例えばひどい親に育てられても、親がひどかろうが何だろうが人間は必ず一片の愛情があるから育ったのです。勇気を持てば、ひどい親の愛情でも見られるようになる。それを言っているのです。

―― ひどい親の愛情でも見られるようになる。ただ、勇気を持たない限りは見られないと。

執行 覆われてしまうから。でも人間性の奥深くに入っていくには、勇気が要る。だから「あいつは嫌なやつだ」というのは、一番簡単な方法なのです。戦争と一緒です。

―― なるほど。

執行 外交交渉というのは非常にまどろっこしい。要は「うるせえ、この野郎」というのが戦争です。


●レコードコンサートが交流の端緒だった


―― でも、小林秀雄もやはりすごいですね。

執行 あれだけの人ですから、ちょっと何かで付き合わせてもらっても只者ではありません。私が20歳の頃に、もう70歳ぐらいでしたが、一般人とは全然違いました。私は音楽で付き合わせてもらったのです。

―― モーツァルトとかそういうもので、ですね。

執行 そうです。私がすごくいいレコードを持っていたから。小林秀雄さんがちょうどレコードをいろいろ探していて、レコードが欠如している時代だったので、私のところに連絡が来て、いろいろ貸してあげていたのです。小林秀雄さんと付き合っていたといっても、私のほうが貸していました。

―― すごい話ですね(笑)。

執行 すごいことです、関係としては。父からもらったレコードですが(笑)。ちょうどSPレコードからLPレコードに吹き替えが行われている時代で、音楽好きの人はみんないいレコードに飢えていたのです。

 父が音楽好きで戦前のSPレコードの名盤を全部持っていて、それを私が引き継いだ。(以前に)言ったことがあると思いますが、大学生のときにレコードコンサートを家で開いていたのです。そこに小林秀雄さんも来られた...
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