●自分で生を生かそうと思っている人は、生きることができない
―― 先生は『荘子』をなぜこんなに好きだったのですか。
執行 生命哲学の権化ですから。
―― そうですか、生命哲学。
執行 当時の中国は孔子の『論語』が中心、つまり儒教です。だから物質主義でした。そこに荘子と老子が出て、生命の哲学を説いたのです。その生命哲学の代表者が荘子(そうし)で、荘子が書いた本を『荘子(そうじ)』というのです。この〈生を殺す者は死せず、生を生かす者は生きず〉。どうですか、現代人が聞いて。
―― すごいです。
執行 すごい思想でしょう。自分で生を生かそうと思っている人は、生きることができない。自分の命を殺す(殺すとは何かに捧げることですが、つまり)、国や愛するものに捧げている人は、死ぬことはないと書いています。
これが古代中国でも荘子という有名な哲学者の言葉です。私も大好きで、いつも使っている座右銘です。現代日本人は全部、この反対です。
―― 本当にそうですね。本当に違う社会になってしまいました。
執行 今は。
―― これは厄介ですね。
執行 そういうことが、この本(『人生のロゴス 私を創った言葉たち』)を読むとわかります。武士道が好きだった人間が一生涯かけて選んだ本ですから。昔の中枢的な生命論が全部わかる本になっているのです。
●現世に対しては、嘘には嘘をつかないと真実にならない
―― このピカソの〈真の芸術は、虚偽の真実である〉も(すごいですね)。
執行 ピカソの有名な言葉です。これがわかるかわからないかで、真の大人になれるかなれないかが決まります。〈虚偽の真実〉とは、現世的に言うと「虚偽」ですが、神と対面すれば「真実」ということです。
―― なるほど。
神を中心に据えた場合、現世はもともと全部が嘘。したがって、現世に対しては、嘘には嘘をつかないと、真実にならないという意味です。芸術家は特にその辺をシビアにやらないと、本当に生命を発露する芸術はできないとピカソが書いているのです。
―― これもすごい言葉ですね。
執行 こういうことが誤解を恐れずに言えるところが、ピカソは偉大だと思います。こんなことを今の日本社会で言ったら大変です。
―― 本当にそうですね。こういう人だから『ゲルニカ』が描けるわけですね。
執行 それはそうです。日本社会なら「虚偽は悪い」で終わりです。
―― 「虚偽は悪い」でおしまいですね。
執行 そんなことはない。いい虚偽もある。それこそ、お釈迦様が言った「嘘も方便」もわからなくなっているのです。嘘をつかなければ、できないこともあるし、人を愛することもできない場合もある。そういうことがわからなくなっています。
―― 本当ですね。先生の言う「忍ぶ恋」なんて、まさにわからないですね。
執行 そういうことです。
―― それと対照的なのがエマーソンですね。〈優雅でなくては、人生ではない〉です。
執行 これは対照ではないのです。対照に見えるでしょう。
―― 見えます。
執行 見えるけれど、実は同じ意味なのです。虚偽の真実を送れる人だけが、優雅な人生を送れるという意味ですから。本当の武士道は全部、優雅なのです。日本の今の政治家が最も無様なのは、現世の真実だと思われるようなことばかり追いかけているからです。
だから、優雅な人生を送ったのはレーニンなのです、先ほどの言葉で言うと。そういうことがわからないで、「教条主義」というか、学校の先生みたいなことを言いだしたのがスターリンです。
だから、レーニンと生きて知り合っている人が何人か証言していて本に書いていますが、「レーニンは嘘ばかりつく」「レーニンはすごくいい加減だった」と。それは、レーニンという人がわからないとわからない。日本でいう教条主義の反対です。
―― なるほど、そうですか。(ちなみに)毛沢東は1人の人格の中で、その二つをやったのですね。
執行 毛沢東はそうです。でも日本も、今のコンプライアンスは教条主義ですから。
―― 確かにコンプライアンスは教条主義ですね。
執行 そうです。
●自分の命を懸けなかったら、何もできない
―― (マクシミリアン・ド・)ロベスピエールもすごいと思いました。〈死は、不死の始まりである〉。
執行 これもすごい。ジャコバン党の党首で、フランス革命を誘導した人です。こういう人はみんなそう言っています。要するに、自分の命を懸けなかったら、何もできないということです。
―― 先生と全部、共通していますね。
執行 別に私に限りません。物事を成した人は、みんな同じということです。成そうとしている対象が違うだけです。
フランス革命は嫌いですが、それを本当に自己責任でやって、自分もギロチンにかかった。国王をギ...