●道元の言葉と『正法眼蔵』が愛読書だった橋田邦彦の苦悩
―― 先生、(前回お話に出た)その『正法眼蔵』から道元に行ってもいいですか。
〈花は愛惜(あいじゃく)に散り、草は棄嫌(きけん)に生(お)ふるのみなり〉
執行 綺麗でしょう。
―― ええ。すごいですね。
執行 私が『正法眼蔵』の中で一番好きな言葉です。『正法眼蔵』は私も愛読書で、その解説書として私が一番愛読しているのが、前回挙げた橋田邦彦のものです。
―― すごい先生ですね。
執行 すごいです。東京帝国大学医学部の第2代生理学教授ですから、肩書だけ言ってもすごい。第一高等学校、つまり一高の校長もしていて、最後は軍部に担ぎ上げられた。軍部は戦争を自分で起こしたくせに、全然収集がつけられない。その収集をつけるために人格者を引っ張ってきて、国の命令で文部大臣にした。それで戦犯になってしまいました。
―― 何の関係もないのに。
執行 全く関係ない人が。
―― 一高の校長が、戦犯になるわけはないですからね。
執行 大体、軍国主義だなんて騒いでいる人は、最終的には本当の人格者に責任を押しつけて自分たちは逃げてしまうのです。有名なのが、参謀本部の連中です。満州で日本の女子どもまで全員ソ連の捕虜になった。全員捨てて陸軍参謀本部の将校だけ最後の特別機で日本に戻ってきた。そんな人たちだから、気楽に戦争を始めるのです。
だから私が終戦後、一番気に食わないのは陸軍士官学校とか海軍兵学校を出て、経済界の大物になって、「今の若いやつは平和主義でなっとらん」などとでかいことを言っていた人です。
戦後の日本は、それをまた祭り上げて高度成長したわけです。だから高度成長自体、原動力がろくでもないのです。
靖國問題も、東京裁判にしても、アメリカはめちゃくちゃです。確かにとんでもない国だからわかるけれども、日本人はあれを認めて、すごくいい思いしたわけです。
―― それは間違いないですね。
執行 私は東京裁判を今でも認めていません。反対しています。そういう意味では、つらい人生を送ってきました。「東京裁判なんて認めない」と言ったから、子どもの頃から「右翼」「軍国主義者」と言われ続けています。本当は違うのに言われ続けるのは、やはりある種の苦悩の人生を送ることになります。そういう勇気が普通の人にはないのです。みんな表面で...