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苦悩に耐えきれないと「一撃で殴る」ほうが簡単に見える

人生のロゴス(11)無限の憧れと永遠の苦悩

執行草舟
実業家/著述家/歌人
情報・テキスト
『人生のロゴス 私を創った言葉たち』(執行草舟著、実業之日本社)
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かつて本が売れたのは、反対意見を持つ人たちが、議論して論破するために読んでいたことも理由にある。命懸けで築き上げられた思想は、たとえ嫌いな思想であっても、どこかに共振する部分があるのである。だが昨今では、そのような購買層はめっきりなくなった。それだけ、考え抜いたり、葛藤したりすることがなくなってしまったということである。20世紀に生まれた共産主義国や、戦前の日本の軍国主義が、あのような姿に堕してしまったのも、実は、苦悩に耐えられず、「楽」なほうを選んだ結果だという見方もできるのだ。(全14話中第11話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:14:11
収録日:2023/03/29
追加日:2023/08/04
カテゴリー:
≪全文≫

●〈不滅性への渇望〉とは解決不能の憧れを持つこと


―― (本の)一番最後にウナムーノの言葉を引いていますが、〈情熱は不滅性への渇望から生まれる〉。これもすごい言葉ですね。

執行 同じ意味です。〈不滅性への渇望〉とは、つまり解決不能の憧れを持つことです。魂の苦悩です。昔の言葉で言うと、神を求めていくことです。

―― 神を求めていくと。

執行 宗教が今はもう失われているので、今の言葉で言えば神ではなく「苦悩を求める」。

―― 苦悩を求める。

執行 魂の、です。これによって初めて、人間としての正しい道が歩める。みんな、ある意味では同じなのです。

―― 一番最後のページにウナムーノを持ってくるところが先生ですね。

執行 好きですから、もともと。

 ウナムーノの哲学は、あの当時だからキリスト教ですが、キリスト教と自分の生活の本能との、ものすごい苦しみと葛藤です。つまり神と自分と、です。それがウナムーノの哲学を作っている。それを失ったということです。

―― 葛藤を失ったのですね。

執行 だからもうみんな、自分さえよければいい。平和ボケです。そこから出てきたのが差別であり、差別用語は全部ダメみたいな(風潮です)。

―― 挙げられた言葉の中でまたびっくりしたのが、丸山真男の〈マルクスが、「私はマルクス主義者ではない」と言った…〉です。

執行 これは、『日本の思想』という丸山真男の主要著書の中に出てくる言葉ですが、すごい。マルクス主義者は、これを見なければダメです。マルクスの理論を信奉しているのはマルクス主義者ですが、マルクスは私はマルクス主義者ではないと思っています。

 ではマルクスの書いた『資本論』とは何かというと、読めばわかりますが、哲学書です。近代哲学。物質文明の唯物論哲学というものです。

―― なるほど、唯物論哲学

執行 フランスだと(オーギュスト・)コントの系列です。物を中心とした哲学で、人間を中心としない。だからマルクスは学者なのです。

―― 人間をよく知らなかった学者なのですね。

執行 人間は関心がない。物質がどういうものかを哲学的に解明しようとしたのが、今言ったコントです。そういう人たちの集大成です。

―― なるほど。コントたちの集大成ですね。

執行 それがマルクスなのです。だから、マルクス主義を国家(構造)にしている人たちはわかっていないわけです。

 丸山真男は左派で有名ですが、こういうものを取り上げているのです。だから当然、丸山真男が言いたいのは、「日本の左翼、または当時のソ連、中共の指導者はマルクス主義の真意がわかっていない」という意味です。これが一番有名な著書に出てくる。私は丸山真男さんと知り合いだったから、(彼と)喋っていたのでわかっています。丸山真男とも親しかったから。これも音楽を通じて。

―― やはり当時のSPレコードは、すごかったのですね。

執行 日本にちょうどなかったから。ワーグナーのレコードがもう日本に全部なくなりましたが、私は持っていた。それで借りに来たのです。

 丸山真男の本も私は全部読んでいたので、丸山真男とも政治論をしました。当時の私は右翼少年と思われているから、丸山真男の左翼的な考えと議論していたのです。

―― やはり当時の人たちは、みんなものすごく人間に関心があるし、先生みたいな面白い人を見つけたら、若くてもいいから会いたくなるのですね。

執行 みんなそうです。文学論もそうだし。今はみんな、自分と考えが違うとほとんど喋らない。当時は私も共産主義が大嫌いだったけれど、共産主義の有名な本をほとんど読んでいました。議論するために、共産主義者を論破するために、共産主義系の本も全部読んでいる。(今は)そういうことがないのです。

 私が初めて本を出したとき、(当時の)講談社の文芸局長がそう言っていました。とにかく昔は反対する人がみんな本を買ったそうです。だから本の売れ行きの3分の2が反対者。

―― なるほど。

執行 例えば私の本が出ると、「この執行草舟とは誰だ」と。「気に入らねえな」「今度打ち負かせてやろう」ということで、みんなが(私の本を)読んだ。ところが、私が初めて(本を)出した12年ほど前か、その少し前から、本を開いて自分の考えと1行でも違っていたら、すぐ閉じて終わり。それが、本が売れなくなった最大の原因だと嘆いていました。

―― けっこう寂しい理由ですね。知的関心が非常に狭くなったのですね。

執行 そうそう。今の人が本を読んでもダメなのは、反対を論破する気がないからです。

―― 面倒くさい葛藤につながるようなことはやらないわけですね。

執行 そうです。私は左翼で有名な(ジャン=ポール・)サルトルの全集も全部読んでいますが、それもサルトルを論破するためですから...
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