●〈不滅性への渇望〉とは解決不能の憧れを持つこと
―― (本の)一番最後にウナムーノの言葉を引いていますが、〈情熱は不滅性への渇望から生まれる〉。これもすごい言葉ですね。
執行 同じ意味です。〈不滅性への渇望〉とは、つまり解決不能の憧れを持つことです。魂の苦悩です。昔の言葉で言うと、神を求めていくことです。
―― 神を求めていくと。
執行 宗教が今はもう失われているので、今の言葉で言えば神ではなく「苦悩を求める」。
―― 苦悩を求める。
執行 魂の、です。これによって初めて、人間としての正しい道が歩める。みんな、ある意味では同じなのです。
―― 一番最後のページにウナムーノを持ってくるところが先生ですね。
執行 好きですから、もともと。
ウナムーノの哲学は、あの当時だからキリスト教ですが、キリスト教と自分の生活の本能との、ものすごい苦しみと葛藤です。つまり神と自分と、です。それがウナムーノの哲学を作っている。それを失ったということです。
―― 葛藤を失ったのですね。
執行 だからもうみんな、自分さえよければいい。平和ボケです。そこから出てきたのが差別であり、差別用語は全部ダメみたいな(風潮です)。
―― 挙げられた言葉の中でまたびっくりしたのが、丸山真男の〈マルクスが、「私はマルクス主義者ではない」と言った…〉です。
執行 これは、『日本の思想』という丸山真男の主要著書の中に出てくる言葉ですが、すごい。マルクス主義者は、これを見なければダメです。マルクスの理論を信奉しているのはマルクス主義者ですが、マルクスは私はマルクス主義者ではないと思っています。
ではマルクスの書いた『資本論』とは何かというと、読めばわかりますが、哲学書です。近代哲学。物質文明の唯物論哲学というものです。
―― なるほど、唯物論哲学。
執行 フランスだと(オーギュスト・)コントの系列です。物を中心とした哲学で、人間を中心としない。だからマルクスは学者なのです。
―― 人間をよく知らなかった学者なのですね。
執行 人間は関心がない。物質がどういうものかを哲学的に解明しようとしたのが、今言ったコントです。そういう人たちの集大成です。
―― なるほど。コントたちの集大成ですね。
執行 それがマルクスなのです。だから、マルクス主義を国家(構造)にしている人たちはわかっていないわけです。
丸山真男は左派で有名ですが、こういうものを取り上げているのです。だから当然、丸山真男が言いたいのは、「日本の左翼、または当時のソ連、中共の指導者はマルクス主義の真意がわかっていない」という意味です。これが一番有名な著書に出てくる。私は丸山真男さんと知り合いだったから、(彼と)喋っていたのでわかっています。丸山真男とも親しかったから。これも音楽を通じて。
―― やはり当時のSPレコードは、すごかったのですね。
執行 日本にちょうどなかったから。ワーグナーのレコードがもう日本に全部なくなりましたが、私は持っていた。それで借りに来たのです。
丸山真男の本も私は全部読んでいたので、丸山真男とも政治論をしました。当時の私は右翼少年と思われているから、丸山真男の左翼的な考えと議論していたのです。
―― やはり当時の人たちは、みんなものすごく人間に関心があるし、先生みたいな面白い人を見つけたら、若くてもいいから会いたくなるのですね。
執行 みんなそうです。文学論もそうだし。今はみんな、自分と考えが違うとほとんど喋らない。当時は私も共産主義が大嫌いだったけれど、共産主義の有名な本をほとんど読んでいました。議論するために、共産主義者を論破するために、共産主義系の本も全部読んでいる。(今は)そういうことがないのです。
私が初めて本を出したとき、(当時の)講談社の文芸局長がそう言っていました。とにかく昔は反対する人がみんな本を買ったそうです。だから本の売れ行きの3分の2が反対者。
―― なるほど。
執行 例えば私の本が出ると、「この執行草舟とは誰だ」と。「気に入らねえな」「今度打ち負かせてやろう」ということで、みんなが(私の本を)読んだ。ところが、私が初めて(本を)出した12年ほど前か、その少し前から、本を開いて自分の考えと1行でも違っていたら、すぐ閉じて終わり。それが、本が売れなくなった最大の原因だと嘆いていました。
―― けっこう寂しい理由ですね。知的関心が非常に狭くなったのですね。
執行 そうそう。今の人が本を読んでもダメなのは、反対を論破する気がないからです。
―― 面倒くさい葛藤につながるようなことはやらないわけですね。
執行 そうです。私は左翼で有名な(ジャン=ポール・)サルトルの全集も全部読んでいますが、それもサルトルを論破するためですから...