テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

次善を求めよ…ありえぬ「最善」や「絶対正義」を求める愚

日本企業の病巣を斬る(8)「次善」を求める

対談 | 執行草舟田村潤
情報・テキスト
この世には本来、「最善」などない。必ず欠点がある。それは企業も同じこと。よって「次善を求める」精神が確立してくると、オーバープランニングやオーバーアナリシス、オーバーコンプライアンスの問題も解決に向かう。しかし、今の社会現象を見ていると、「最善」ばかりを求めている。現実を受け入れないから、コンプライアンスなどの問題は行くところまで行ってしまう。一方、野中郁次郎氏は、優れた企業を哲学的に捉え、知識創造企業が企業として一番のあり方だと述べた。知識創造を日本企業がやる場合、大事なのはやはり「暗黙知」である。(全12話中第8話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:09
収録日:2023/10/18
追加日:2024/01/19
カテゴリー:
≪全文≫

●「次善の正義」が確立すると問題は解決に向かう


―― 先ほど親孝行が次善の(生き方を育むと言われました)。

執行 親は神ではないから。

―― だから恩が大事だと。

執行 そう。恩です。

―― 例えば会社であれば、会社全体に対する恩であったりとか。それも「不完全なもの」だから、それに対して恩を(感じると)。

執行 不完全なものだから、絶対正義ではない。でも恩があるから言うことを聞き、尊崇していくことが根本になるという話をしているのです。

―― その精神が、「次善を求める心」につながると。

執行 そう、つながるということです。だから、親を尊敬していると、神に近い最善のものばかり求めないし、就職した会社も、社会も、次善のもので満足する人間が生まれるということを言っているのです。

 私は親に口答えもしていません。親をすごく尊敬していたから、そうなれたと思っています。最善なんて求めないから。

田村 次善のものを引き受けることができるということだと思います。(つまり)現実を、ね。

執行 それが私の運命論で、「自分の運命を引き受けろ」です。運命とは、すごくいいものとは言っていない。だから、みんな嫌がります。「不幸を許容しろ」「不幸でも厭うな」と、いつも喋っているのは全部そういうことです。

 最善の運命なんて、この世にない。必ず欠点がある。会社もそう。個人もそう。だから、少なくとも次善で我慢しなければダメ。「次善の正義」が確立してくると、オーバープランニングやオーバーアナリシス、オーバーコンプライアンスといったものは、だんだん解決してくるということです。

 けれども、今の社会現象を見ていると、最善のものを求めている。だから(それは)神の正義です。この世にない、「絶対正義」というものです。もはや宗教裁判でも始まるのではないかと思うほどです。

田村 そうですね。

執行 今の社会現象は全部そうです。だから、「親を尊敬しなければいけない」という道徳が明治みたいにあったら、絶対正義なんて求めません。親にしても、みんな欠点だらけですから。でも、今の子どもは(尊敬せずに)親の欠点をつくことが専門です。

田村 親がいけないと。

執行 欠点を持っている親のほうが悪い。

田村 そうすると会社に入っても、受け入れられないでしょうね。

執行 だから「会社が悪い」「上役が悪い」となる。

田村 社会を受け入れられなくなりますね。

執行 昨日もちょうど、そういう人生相談で若い人が来ました。東大を出て、どこかの会社に勤めた。いい会社だけれども、すぐに辞めたいと。彼が言うには「人間はみな平等」で、会社に入って給料をもらっていても、上の人間が下の人間に命令する権利はないというのです。

 確かに人間は平等です。それと(会社で働くことを)混同している人間が、どんどん生まれてきているのです。

 彼は辞めて、また学校に戻るそうです。今の頭のいい人はみんなそうで、一生、学校に行くでしょう。ちょっと勉強ができると、勤めては辞めて、また学校へ行く。また(勤めては)辞めて、今度は大学院に行って、大学院も修士だ、博士だ、といったことを一生やっている…。そのもととなるのが今、言ったことなのです。

田村 やはり全てを一旦受け入れ、その上でやる。その中でいろいろ我慢したり、努力を重ねていったり…。


●「日本人とは何ものか」がなくなったから、形式だけになる


執行 先ほど田村さんが、まだアメリカ人やヨーロッパ人のほうが活動を見ていると、元気だというようなことを言ったじゃないですか。これは神がなくなっても、やはり2000年の伝統があるので、少しは残っているのです、ヨーロッパ人もアメリカ人も。今でも慈善事業をやるのは、地獄が怖いからです。つまりキリスト教が残っているのです。だから歯止めになっている。

 ところが、日本人が英米思想を受け入れた場合、日本には絶対神がいないから歯止めがない。だから、コンプライアンスも行くところまで行く。女性なんて、年を聞いただけでセクハラです。住んでいるところを聞いても、そう。何をやってもセクハラで、冗談抜きで訴えたら全部通るのです。

田村 相手の受け止め方が全てですから。

執行 全部そうです。

田村 正義だから。

執行 パワハラもそうです。言われたら最後。これは正式に法律家もみんな言っています。「あんた、言われたら最後だよ」と。「パワハラを受けました。私は心が傷つきました」と言われたら、もう罪に問われる。

田村 事例がどんどん出てくるから、毎年毎年、コンプライアンス研修を各社で受けなければならない…。

執行 そうです。どうしてこうなってしまったのか。この辺は英米人のほうが、言ってはいるけれども、もう少し塩梅がある。神が...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。