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蒋介石

蒋介石
蒋介石(1887~1975)は、中華民国初代総統であり、国民革命軍・中華民国国軍の軍人。奉化県(現中国浙江省寧波市)に生まれ、軍人として教育を受ける。辛亥革命に参加し、中華民国を建国した孫文に認められ、国民党右派の代表的存在として台頭。その後、孫文の後継者として北伐を開始する。当初は中国共産党を警戒し、日本との戦いには消極的だったが、国民革命軍を率いた南京入城以来、方針を転換。1937年の盧溝橋事件を機に徹底した抗日作戦を推し進めた。日中戦争終結後は国共内戦に向かい1948年に中華民国初代総統に就任するも、翌年、毛沢東率いる中国共産党に敗北。台湾へ逃れると同時に南京から台北へ遷都し、以降、政治概念として「二つの中国」が存在することとなる。蒋介石はその後も中華民国の国家元首であり続けたものの大陸支配に返り咲くことなく1975年に没した。蒋介石の台湾、毛沢東の中国に端を発する「二つの中国」問題は戦後日本の外交政策にも大きく影響しており、「10MTVオピニオン」では元朝日新聞主筆の若宮啓文氏が日中をめぐる日本の保守の内部対立としてこの問題を解説。また、東京大学東洋文化研究所副所長・中島隆博氏は政治主体とは異なる中国の精神・道徳が支える「中華民族」というものについて論じている。

蒋介石のエピソードが伝える「人間・渋沢栄一」の魅力

曾孫が語る渋沢栄一の真実(7)「人間として」生きている人
孫文だけでなく、当時イメージの良くなかった袁世凱とも交流を深めた渋沢栄一。そこには、「人間としてつながることを大事にした」栄一の思いが込められていた。彼は91歳で亡くなるのだが、もし混沌とした現代の...
収録日:2020/10/14
追加日:2021/03/15
渋沢雅英
渋沢栄一曾孫

「涙を忘れてきた日本人が、敗戦で涙を知るのはいいことだ」

小澤開作と満洲事変・日中戦争(8)最後の和平工作は成らず
終戦の数カ月前、「新民会」で共に活動していた繆斌(みょうひん)が、日本を訪れる。彼は自分は蒋介石の特使だと語り、日本に和平を打診する。小磯國昭(首相・陸軍大将)や緒方竹虎(大臣・情報局総裁)、東久...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/11/02
小澤俊夫
小澤昔ばなし研究所所長

アメリカの過ちは冷戦の勝利で中国に幻想を抱いたこと

歴史から見た中国と世界の関係(3)戦後の中国に夢を抱いたアメリカ
第二次世界大戦での国民党の態度に幻滅したアメリカは、清廉潔白な共産党こそ民主主義の担い手という新たな夢を見る。ところが国民党との戦いに勝利した共産党政権はソ連に接近し、アメリカは中国を徹底的に敵対...
収録日:2020/08/21
追加日:2020/10/05
中西輝政
京都大学名誉教授

習近平政権が語る「中国の夢」の意味

中国の夢~中華から語る「普遍」(1)その思想的背景
習近平政権が掲げる「中国の夢」とは、どんな思想なのか。それは日本や韓国まで包摂する共同体への壮大な理想なのか。それとも中国のナショナリズムを覆い隠す隠れ蓑に過ぎないのか。東京大学東洋文化研究所教授...
収録日:2016/01/21
追加日:2016/03/31
中島隆博
東京大学東洋文化研究所 教授

反中若手タカ派「青嵐会」をリードした石原慎太郎

「日中」をめぐる保守の内部対立(2)台湾派の論理と尖閣「棚上げ」問題
1972年の日中国交正常化後も、日本国内では反対派と賛成派の攻防が続いた。台湾を支持するタカ派の論理や、対立の状況下で日中友好条約に至った経緯、そしていまだ尾を引く日中友好派、反対派の火種とは何か...
収録日:2013/11/08
追加日:2014/05/01
若宮啓文
元朝日新聞主筆

日中国交回復をめぐり自民党内が田中派と福田派に二分

「日中」をめぐる保守の内部対立(1)二つの中国の間で揺れた国交正常化
1972年の日中共同宣言以来、日本と中国の国交は40年以上の時を重ねてきたにも関わらず、今日、非常に難しい局面を迎えている。こうした日中関係を、日本の保守の内部対立という観点から読み解く。(全3話...
収録日:2013/11/08
追加日:2014/05/01
若宮啓文
元朝日新聞主筆