社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.03.14

『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』と「ロボットの夢」

「擬似人間を作りたい!」から始まったロボットの歴史

 地球上に生物が誕生したのはおよそ38億年前。その後、10億年前に多細胞生物が誕生し、2.5億年前に恐竜時代が始まりました。そして、ヒトの祖先が生まれたのは、30万年ほど前のことです。

 生き物やヒトの長い歴史に対して、ロボットの歴史はいつごろ始まったのでしょうか。ロボットの元祖の一つとして、17世紀から19世紀にかけ世界で「からくり人形」が作られるようになったそうですが、その後、わずか200年ほどで「ASIMO」や「Pepper」などのヒューマノイド型ロボットや、「AIBO」といったペット型ロボットが登場し、その進化はさらに進んでいます。

 このように、浅い歴史ながら速い進化を遂げているロボットですが、そもそも「ロボットの始まりは、ヒトをまねること、つまり“擬似人間”を作ることが目的」でした。そう伝えているのは、東京工業大学工学院機械系・鈴森康一教授の著書『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』(講談社)。つまり、「擬似人間を作りたい!」という欲求が現代のロボットを生み出したといえるのではないでしょうか。

なぜか生き物に「似てしまう」

 鈴森教授は、ロボットを特徴づけるものとして、前掲書のなかで二つの機能を挙げています。それは「動き」と「知能」です。動きを司るモーターの出現は19世紀中期、知能を司るコンピュータの出現は20世紀中期のこと。1961年、この2つの技術が結びつき、世界初の産業用ロボットが登場しました。しかし、非常に興味深いのは、そうして生まれたロボットが設計者の意図にかかわらず、なぜか生き物に「似てしまう」ことです。『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』は、まさにその謎に迫る一冊なのです。

 結論からいえば、ロボットが生き物に似てしまう理由は「力学的法則」と「幾何学的法則」のためです。前者の「力学」とは、「物体に働く力と運動との関係を論じる物理学部門」のこと(「ブリタニカ国際大百科事典」より)。力学的に考えると、人間を含めた生き物もロボットも同じ「物体」なので、その影響を逃れることは決してできないのです。形が似てしまうのは当然ともいえます。力学ルールは、形だけでなく動きにも影響を及ぼします。たとえば、象とショベルカーが、実は「似てしまっている」のも「力学的法則」のためだそうです。

 後者の「幾何学的法則」は、「可動範囲」を決定します。「アームの各部の長さ、用いる関節の種類とその配置、これらによってロボットアームの動作範囲や速度といった主要な性能が決まってくる。それを支配しているのが幾何学的法則」なのです。同書には、幾何学的制約による一例として、2足歩行ロボットとテニスプレーヤーの中腰姿勢が似てしまったというエピソードが紹介されています。

神様の設計を超えて「ロボットの夢」を追いかける

 本書において、鈴森教授はロボットと生き物を比較しながら「なぜロボットは握手が苦手なのか」「なぜ動物の筋肉にはムダが多いのか」「なぜロボットはキャッチボールができないのか」「なぜロボットには自然治癒、自己複製が困難なのか」と問いかけながら、自然界の精巧な創造力を解き明かしていきます。そして、ついには「なぜ人間には2本の腕しかないのか」という非常に素朴で根元的な問いに行きつきます。言い換えれば、「なぜ神様は人間の腕を3本以上に増やせるように設計しなかったのか」という問いです。

 こちらも結論をいうと、ヒトを含めた生き物たちは進化の過程で「マイナーチェンジ」しかできないように設計されているからだそうです。その点、ロボットの進化は違います。生き物が従属する進化系統を乗り越える「フルモデルチェンジ」を行うことできます。ロボット設計者は、「想像力と知恵の使い方次第で、神様の設計を超えることが十分に可能」なのです。

 本書はロボットの進化について言及していますが、自然への感銘と畏怖の念に満ちています。しかしながら、鈴森教授は、事実として自然にもロボット工学にも限界があることを認知し、そのうえでロボット工学にどのような夢があるのかを論じているのです。生き物やヒトの長い歴史に比べると、まだまだ歴史の短いロボットですが、「ロボットの夢」に限界はないと思います。これからも鈴森教授たちの夢を見守り続けていきたいですね。

<参考文献>
・『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』(鈴森康一著、講談社)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062577687
<関連サイト>
・鈴森・遠藤研究室(東京工業大学 工学院)
http://www-robot.mes.titech.ac.jp/home.html

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

中国共産党と人権問題(1)中国共産党の思惑と歴史的背景

チベット、内モンゴル、新疆ウイグルなど、少数民族に対する深刻な人権侵害をめぐって欧米諸国から強い批判を浴びている中国。しかし、こうした人権問題は今に始まったことではない。中華人民共和国建国の経緯と中国共産党の思...
収録日:2021/10/15
追加日:2021/12/24
橋爪大三郎
社会学者 東京科学大学名誉教授 大学院大学至善館教授
2

ジャパン・アズ・ナンバーワンで満足!?学ばない日本の弊害

ジャパン・アズ・ナンバーワンで満足!?学ばない日本の弊害

内側から見たアメリカと日本(7)ジャパン・アズ・ナンバーワンの弊害

高度成長のために頑張った日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の評価を得たが、その後の日本企業の凋落、競争力の低下を考えると、その弊害を感じずにはおられない。読書人口が減っている現状をみると、いつのまにか「世界...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/12/01
3

プロジェクトマネジメントとは?国際標準から考える特性

プロジェクトマネジメントとは?国際標準から考える特性

プロジェクトマネジメントの基本(1)国際標準とプロジェクトの定義

プロジェクトマネジメントが世界的に普及し始めたのは1990年代。ソフトウェア産業の発展とともに拡大を続け、時代のニーズを受けて多くのシーンに定着してきた。今回は、その基本に立ち返り、国際標準をもとに、プロジェクトと...
収録日:2025/09/10
追加日:2025/12/03
大塚有希子
法政大学専門職大学院イノベーションマネジメント研究科准教授
4

質疑編…司馬遼太郎の「史料読解」をどう評価する?

質疑編…司馬遼太郎の「史料読解」をどう評価する?

歴史の探り方、活かし方(7)史料の真贋を見極めるために

歴史上の出来事の本質を知るには、その真贋を見定めなければいけない。そのためにはどうすればいいのか。記述の異なる複数の本がある場合、いかにして真実を見極めるか。また、司馬遼太郎の作品が「歴史事実」として認識されて...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/12/02
5

ブルーライトは悪者か?近年分かった「第3の眼」との関係

ブルーライトは悪者か?近年分かった「第3の眼」との関係

熟睡できる環境・習慣とは(2)酒、コーヒー、ブルーライトは悪者か

お酒やコーヒーなど世の中には睡眠に良くないのではないかといわれるものがある。また、現代においては特に、スマホの「ブルーライト」が睡眠には大敵だといわれているが、それらは本当に悪者なのか。一般に良い睡眠を妨げると...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/11/30
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授