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東大教授が提唱した「40歳定年制」の真意とは?
「40歳定年制」という斬新な提言
東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授は、かつて「40歳定年制」を提唱して議論を呼びました。文字通り、40歳でいったん定年退職するという制度で、2012年の国家戦略会議の報告書にも盛り込まれたものです。一見すると突拍子もない主張のようにも見えますが、その意図は何だったのでしょうか。柳川氏本人の解説によれば、この提言は実際の制度化を目指したというよりも、社会に対する啓蒙的な意味合いの方が大きかったようです。問題の背景にあるのは、同氏が重視する、中長期的な働き方改革の実現です。
かつてない速度で進む技術革新の影響で、現役で働きながら自分のスキルや知識を刷新していかなければならない状況に、現代の労働者は置かれています。他方で、競争の激化によって企業は社内教育に時間とお金をかけられる余裕がなくなってきています。そうなると、誰が・どこで・どのように社員のスキルを伸ばすかが、大きな課題となります。
「40歳定年制」の真意は、スキルアップの大義名分を与えること
企業ごとにスキルアップや能力開発の機会を提供するのが難しいならば、社会全体でその仕組みをつくっていく必要があります。加えて40歳は、一方でバリバリ仕事をする働き盛りであり、同時に今後20~30年働くことを見越して、新たなスキルな知識の獲得を検討すべきタイミングでもあります。とはいえ、ローンや子どもの養育を抱えた人々に、「今の仕事を見直してスキルアップしろ」といっても、あまり現実的ではありません。制度が整わない状態でそんなことをしようとすれば、同僚や家族から大いに反対されるであろうことは目に見えています。
しかし「40歳定年制」のような制度ができれば、40歳あたりでいったん仕事をリセットし、自分のキャリアとスキルを振り返る理由が、社会的にも認められます。家族や周囲の人間がそれで納得してくれる可能性も高くなるでしょう。
「スキルアップが大切だから、自発的にどんどんやれ」といっても、責任とリスクを抱えた40代は、なかなかそこまでできません。他方で、スキルアップで今後の働き方や生産性を上げていく必要性は、ますます強まっていきます。この状態を解決するならば、半ば強制的なやり方でも、それを実現可能にすることが大切ではないか。柳川氏の提言は、こうした意図のもとになされたものでした。
目指すは「人生の三毛作」
もう一つ、この議論で重要になってくるのが長寿化です。現在の定年は60歳が普通ですが、現在の60代は相当に元気で、まだ十分に働き続けられる人ばかりです。70代や80代の高齢者の様子も、一昔前の人たちとは全く違っていて、とてもアクティブに生活しています。元気に働ける期間が、かつてないほど長くなっているのです。長寿化によって長く働きたい人が増えるならば、なおのこと押し寄せる「スキルの陳腐化」に対処するための能力開発が不可欠です。そこで柳川氏は、「人生の三毛作」という考え方を提示します。人生をだいたい20年間のスパンで区切り、一つのスパンの中である仕事に取り組み、次のスパンがきたら別の仕事をしてみる。一つのことに人生の全てを捧げるのではなく、三つくらいに区切って、それぞれの期間で何ができるかを考えていく。こうすることで、そのスパンで必要になるスキルや知識にも自覚的になり、積極的に働き方を変えていくことができます。
どのように働くかは、最終的には働く者個人が自分で決めていくことです。しかし、技術革新やグローバル化、長寿化といった潮流は、個人の意思ではどうにもならないものです。労働者は、そうした流れに合わせて生きていかなければならないことも事実です。個人の意思と社会の状況をつなぐのが、制度です。「40歳で定年?」などと笑ってはいられない状況が目前にある以上、もしかしたらこの定年制が、社会のスタンダードになるかもしれません。その意味でも、柳川氏の提言には大きな意味があるといえるでしょう。
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