社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
薩長同盟を結んだ「薩摩藩」と「長州藩」はどう違う?
「薩長同盟」を結び、日本の近代への道を切り拓いた薩摩藩と長州藩。セットで語られることも多い薩長ですが、片や開国しつつ幕政改革推進を主張、片やあくまでも攘夷を旨とする急進的反幕派が藩を動かします。この水と油のような2藩の違いについて、歴史学者・山内昌之氏が語ります。
利用できるパイプがないことを逆手にとって、長州藩は生産力、流通力、情報力といった力を蓄積していきます。明倫館、松下村塾といった私塾に代表される教育力もめざましいものがあり、桂小五郎、吉田松陰、伊藤博文など多くの優れた人材を輩出したのはご存じの通りです。持たざる藩は、こうした無形の力を育てていったのです。
山内氏はこれを、「今年は討幕の兵を挙げる年ではないか」「まだである」という意味だとしたうえで、だから長州は情勢を見て、今だと思えばいつでも討幕に舵を切っていくことのできる準備が平時から整っていたのだといいます。
日本の近代を切り拓くのに功績のあった薩長2つの藩のあり方が、こうも対照的であったとは実に興味深いことです。
幕府とのつながりを大いに利用した薩摩藩
山内氏は、「薩長2つの藩の決定的な違いは、幕府に深いつながりがあるかないかだ」と言います。薩摩藩島津家の歴史は、鎌倉幕府を開いた源頼朝までさかのぼります。島津家の祖とされる島津忠久は、母系で源頼朝の血をひく名門中の名門。関が原の戦いでは西軍の豊臣側につきましたが、当主の島津義久が徳川幕府に対して見事な進退のかけひきと外交力を見せ、結果として藩は本領安堵。減封処分を受けずに済みました。名門の血に甘んじることなく、自らが持つ優れた能力で天下分け目の合戦で生じた困難を乗り切ったのです。大奥に2人の姫を輿入れさせた島津家の戦略
島津家は名門の血に甘んじなかったどころか、その強みをあますことなく活用し、幕府の屋台骨とも言える大奥に、茂姫、篤姫2人の姫を輿入れさせました。この大奥と島津家の関係について、山内氏は非常に興味深い推論を立てています。すなわち、大奥の女性たちが使う予算は莫大なものであり、彼女たちの贅沢三昧が幕府の財政赤字を増やしていったとも言えるほどでした。藩から姫を大奥に送りこみ、その実権を握ることで贅沢三昧、奢侈に拍車をかけて財政をくずし、いわば内側から幕府を揺るがせていったというのです。史実で証明されているわけではありませんが、こうした推論が成り立つほど、島津家は幕政に対して大きな影響力を及ぼしていたのでした。持たざる藩の強みは、「つながりがないから義理もない」
一方、島津家が大いに利用した縁戚関係を持っていなかったのが長州藩毛利家です。幕府とのパイプがないため、関が原の戦いで豊臣方についた長州藩はそれ以降、大幅に石高を減らされてしまいました。しかし、この何のつながりもコネもないことが結果的に長州藩にはうまく作用した、と山内氏は言います。なぜならば、幕府につながりがないということは義理立ての必要もないということになるからです。島津家のように名門で幕府に強い影響力を持っていないがために、逆に幕府に協力する義理もなく、莫大な拠出金の必要もなかったというわけです。利用できるパイプがないことを逆手にとって、長州藩は生産力、流通力、情報力といった力を蓄積していきます。明倫館、松下村塾といった私塾に代表される教育力もめざましいものがあり、桂小五郎、吉田松陰、伊藤博文など多くの優れた人材を輩出したのはご存じの通りです。持たざる藩は、こうした無形の力を育てていったのです。
急進思想を育んでいった長州藩
このように幕府と貸し借りの関係を持つことのなかった長州藩が、急進的、ラジカルな討幕の思想を育んでいったのは当然の成り行きといえるでしょう。藩では毎年、新年を迎える際に藩主と筆頭家老の二人だけである問答をかわしていたという言い伝えがあります。それは家老が「今年はまだその年ではありませぬか」と問うと、藩主が「まだその年にあらず」と答えるというものでした。山内氏はこれを、「今年は討幕の兵を挙げる年ではないか」「まだである」という意味だとしたうえで、だから長州は情勢を見て、今だと思えばいつでも討幕に舵を切っていくことのできる準備が平時から整っていたのだといいます。
日本の近代を切り拓くのに功績のあった薩長2つの藩のあり方が、こうも対照的であったとは実に興味深いことです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ
「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造
宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方
人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
図書館の便利な活用法…全国の図書館からの「お取り寄せ」
歴史の探り方、活かし方(2)図書館「レファレンス」の活用
公共図書館では質の高い「レファレンス」サービスを提供しているが、活用する人は限られている。だが、実は全国の図書館ネットワークを縦横無尽に活用できる、驚くほどに便利な仕組みなのだ。今回は図書館のレファレンスで何が...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/15
脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは
エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(2)量子論と空海密教の本質
「ワット・ビット連携」の概念がある。これは神経と血管の関係にも似ており、両者が密接に関係するところから、それをもとに人間の本質について考察していくことになる。また、中村天風の思想から着想を得て、人間の心には霊性...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/13
偉大だったアメリカを全否定…世界が驚いたトランプの言動
内側から見たアメリカと日本(2)アメリカの大転換とトランプの誤解
アメリカの大転換はトランプ政権以前に起こっていた。1980~1990年代、情報機器と金融手法の発達、それに伴う法問題の煩雑化により、アメリカは「ラストベルト化」に向かう変貌を果たしていた。そこにトランプの誤解の背景があ...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/11


