テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.06.27

「目」を持つ機械が日本にビジネスチャンスをもたらす

 最近話題のディープラーニング(深層学習)。これを「眼の誕生」であると言い切るのは、東京大学大学院特任准教授・松尾豊氏です。人工知能のトップランナーとも呼ばれる松尾氏は、どのような意味合いで、このメタファーを使うのでしょうか。そもそも「眼の誕生」とは何なのでしょう。ご本人のレクチャーから探ってみました。

カンブリア紀の「眼の誕生」とAIの関係とは?

 『眼の誕生』とは、進化生物学者で古生物学者のアンドリュー・パーカー氏によって書かれた本のタイトルです。約5億4300万年前、生命最初の「眼」が生まれたことが、生物の爆発的な多様性増大につながったとするのが、著者の主張。進化史上の大きな謎とされてきた「カンブリア爆発」に対して、有眼生物の誕生による淘汰圧の高まりをあげた「光スイッチ説」が、その答えとなっています。

 同様のことが機械やロボットの分野でも起こっているとするのが、松尾説です。今までの機械やロボットには「目」がなかったため、限られた動作しかこなせなかった。「目」を持つことにより、機械自身が状況を見ながら判断して動作することができるというのです。

 目といえばカメラを連想する人も多いでしょうが、カメラは所詮「網膜」にすぎず、網膜に映った画像を処理する「視覚野」があって初めて、「見える」機能を備える。それに相当するのが深層学習ということになります。

ロボットに「目」がつくと、どんな役に立つのか

 松尾氏は、「目」のついたロボットが活躍する現場として、農業、建設、食品加工分野を挙げます。自然物を扱う領域では、一つひとつをいちいち見なければ、それぞれの状態が判断できず、それが自動化のネックとなってきただけに、大きな変化が見込めるのです。

 例えば、2015年の国際ロボット展に初めて登場したのが、複数のメーカーによる「トマト収穫ロボ」でした。トマト収穫を自動化するには、「熟度を見極める」「傷をつけずに摘み取る」の二つが非常に重要です。深層学習により高い「画像認識」と「摘み取り動作」に習熟したロボットであれば、これらはいともたやすくなるのです。

 また、建設現場では「溶接」が機械化できない作業とされてきましたが、溶接面の状態を見ながら作業することで、解決に向かいます。食品加工については、調理全般に「目」が必要なのはお分かりでしょう。また、隙間的な作業、例えば汚れたお皿を仕分けして食洗機に入れる動作を請け負う機械があれば、外食産業のバックヤードは大いに効率化されます。

やがてはロボットが「現場」マネジャーになる日が来る

 「目」によって状況判断ができるようになれば、これまで単機能だったロボットが、マルチタスクをこなすことができるようになる。これを松尾氏は「プラットフォーム化」と呼んでいます。

 トマト収穫ロボットは、単に収穫するだけでなく、病気かどうかの判断もできるようになるでしょう。水が足りなければ水をやり、肥料が足りなければ施肥をするなど、トマト畑全体をマネジメントできるようになっていくのです。

 建設用の溶接ロボットも、溶接が終わった機器のチェックを手始めに、鉄筋を組む、コンクリートを入れるなどの作業を次々に自動化して、建設現場そのものを管理できるように育てることができます。

 食品加工も同様で、食器の管理から食材の管理、調理まで、トータルなお店マネジメントができる。それらを「プラットフォーム化」と呼ぶのです。

ノウハウは囲い込みからシェアする未来が来ている

 このあたりで「自分の仕事が奪われるのでは」と守りに入るのが、これまでの考え方。松尾氏は、プラットフォーム化のノウハウを海外展開することを考えています。

 今の消費者が海外の産品に満足できていないのは、海の向こうで行われている管理に一抹の不安を覚えているのが大きな原因。これまでは、その違い自体を「日本の強み」と考えて囲い込む方向に戦略をとりがちでしたが、「目」を持つ機械の市場投入は、さらに大きな明日につながる戦略となる可能性を持っています。

 例えば水やりから施肥や収穫まで、日本の高度で繊細な農業ノウハウそのものを機械化したパッケージとして諸外国に輸出することができるようになれば、未来はどれだけ豊かになるでしょうか。ガラパゴス化する日本がいいのか、カンブリア紀の先駆けとなるのか。今の私たちに選択のチャンスがあります。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム

「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長
2

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

未来を知るための宇宙開発の歴史(7)米ソとは異なる日本の宇宙開発

日本は第二次大戦後に軍事飛行等の技術開発が止められていたため、宇宙開発において米ソとは全く違う道を歩むことになる。日本の宇宙開発はどのように技術を培い、発展していったのか。その独自の宇宙開拓の過程を解説する。(...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/02
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
3

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

「集権と分権」から考える日本の核心(3)中央集権と六国史の時代の終焉

現代流にいうと地政学的な危機感が日本を中央集権国家にしたわけだが、疫学的な危機によって、それは早い終焉を迎えた。一説によると、天平期の天然痘大流行で3割もの人口が減少したことも影響している。防人も班田収授も成り行...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/01
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
4

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家

数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
5

自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力

自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力

モンゴル帝国の世界史(2)チンギス・ハーンのカリスマ性

なぜモンゴルがあれほど大きな帝国を築くことができたのか。小さな部族出身のチンギス・ハーンは遊牧民の部族長たちに推されて、1206年にモンゴル帝国を建国する。その理由としていえるのは、チンギス・ハーンの圧倒的なカリス...
収録日:2022/10/05
追加日:2023/01/07
宮脇淳子
公益財団法人東洋文庫研究員