社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
『恐竜はホタルを見たか』著者が語る「基礎研究」の重要性
「どう役に立つのかすぐにはわからないのが科学」
2008年に、クラゲの発光の研究でノーベル化学賞を受賞した下村脩博士を覚えているでしょうか。下村博士は、「クラゲの発光のしくみを明らかにしたい」という好奇心に突き動かされるままに、100万匹ものオワンクラゲを捕獲し、ひたすら研究に没頭しました。そのとき、応用にはまったく興味がなかったそうです。下村博士と同じく発光生物を研究する中部大学応用生物学部准教授の大場裕一博士の著書『恐竜はホタルを見たか』(岩波書店)には、「下村博士によれば、生物発光の生物学的な研究をしている人は世界にわずか三〇~五〇人くらい」「化学的な研究をしている人は一〇人以下」とあります。
大場博士はまた、「まだまだ謎だらけの分野なのにもったいない気がするが、こういった面白いけれどどう役に立つかわからない研究をやろうという人は最近あまりいなくなった。応用に直結しない基礎研究に研究費が配分されにくい現実も、発光生物の研究者が増えない理由のひとつだろう。どう役に立つのかすぐにはわからないのが科学だと思うのだが」とも述べています。後述しますが、こうした問題には昨今すぐに役に立つことばかりが注目され「基礎研究」が軽視されるという側面があることは間違いないでしょう。
ちなみに本書は、発光生物学を知るためのポピュラーサイエンスブックとして大変優れています。とりわけ興味深いのは、タイトルにも記されているホタルの発光による生存戦略です。なぜ、ホタルは光るか。光ることで、どうやって生き残ってきたのか。一般的に生物は敵に対して隠れようとしますが、ホタルは不味物質と毒物質を持っていて、あえて光ることで、「私は食べてはいけないものですよ」ということをアピールしていたのではないか。本書は、こうしたエキサイティングな仮説を交えつつ、ダーウィンも悩んだ進化の謎に挑んでいます。
「10年後、日本人ノーベル受賞者は出なくなる」
世界的に見て、誇らしいことに、日本はノーベル賞受賞者の数が少なくありません。とくに科学分野においては突出していると言えます。2000年以降の自然科学系の受賞者数を国籍別に見ると、日本はアメリカに次いで2位の実績です。昨年(2016年)は、オートファジーの研究者の大隅良典氏が、日本人としては4人目となるノーベル生理学・医学賞を受賞し、これも大きな話題となりました。『恐竜はホタルを見たか』の大場博士が述べていたように、大隅博士をはじめ、益川敏英博士(2008年ノーベル物理学賞)や 梶田隆章博士(2015年ノーベル物理学賞)など、多くのノーベル賞科学者たちは、利益や製品開発に直結しない「基礎研究」の重要性を訴えています。
政策研究大学院大の角南篤副学長は、基礎研究の分野において、多くの日本人がノーベル賞を受賞してきたことについて、「研究者が『面白い』と思ったことを、地道に追求し続けた成果」と分析しています。
大隅博士は、役に立つ応用研究ばかりを賞賛し、基礎研究をおろそかにする日本の研究現場に対して、「日本の研究環境は劣化している。多くのノーベル賞受賞者が『このままでは10年、20年後に日本人受賞者は出なくなる』と言っているが同感だ」とも述べています。
目先の利益ばかりを追いかけてはいけない
益川敏英博士は、文系の学問が役に立たないという風潮に対しても、「基礎研究の軽視と同じ文脈にある」と国の政策や世論に対して疑問を投げかけています。世界も日本も、決して景気がいいとはいえない経済状況において、「役に立つこと」ばかりに目がいってしまうのは仕方がないことではあると思いますが、何事においても、すぐには役に立たないとしても、基礎研究が枯渇すれば、応用研究も必然的に立ち行かなくなります。長期的に見れば、基礎がおろそかになれば、応用力もしぼみ、経済全体も縮退していくのではないでしょうか。
これは私たちの日々の生活にも言えることだと思います。目先の利益ばかりを追っていると、結局は少ないパイを取り合うことになるので、どこかで独自のイノベーションを起こさないかぎり、激しい競争の中で疲弊していくばかりです。
そのイノベーション起こすためには、大場博士のホタルの光に対する熱意や、日本のノーベル賞科学者たちが示す通り、自分の興味・関心に正直になって、好奇心を燃やし続ける熱意がまず不可欠なのだろうと思います。
<参考文献>
『恐竜はホタルを見たか』(大場裕一著、岩波書店)
<関連サイト>
大場裕一氏の研究室ホームページ(中部大学 発光生物学研究室)
<参考サイト>
・科学研究費、「選択と集中」で応用重視 基礎にしわ寄せ- SankeiBiz(サンケイビズ)
・ノーベル賞:基礎研究の充実を…大隅さん、自民本部で講演 - 毎日新聞
・下村 脩 博士 2008年ノーベル化学賞 | 名古屋大学
・ノーベル化学賞の下村脩氏:100万匹のクラゲ捕獲、息子は有名ハッカー|WIRED.jp
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
シフトワークによる脱同調に要注意…時差ボケへの対策は?
睡眠と健康~その驚きの影響(5)時差ボケと脱同調
シフト勤務者にとって避けて通れない問題がある。それは、時差ボケによる睡眠のリズムである。現在、日本では労働者の何割かがシフトワークに就いているが、この働き方では睡眠のリズムが崩れ、健康を大きく害する危険がある。...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/07/03
なぜ『ホトトギス』に注目?江藤淳の「リアリズムの源流」
AI時代に甦る文芸評論~江藤淳と加藤典洋(2)江藤淳の「リアリズムの源流」
文芸評論を再考するに当たり、江藤淳氏の「リアリズムの源流」を振り返ってみる。一般的に日本で近代小説が始まった起源は坪内逍遥だといわれるが、江藤氏はそれに疑問を呈す。そして注目したのが、夏目漱石の「坊ちゃん」であ...
収録日:2025/04/10
追加日:2025/07/02
ヨーロッパとは?地図で読み解く地政学と国際政治の関係
地政学入門 ヨーロッパ編(1)地図で読むヨーロッパ
国際政治の戦略を考える上で今やかかせない地政学の視座。今回のシリーズではヨーロッパに焦点を当て、地政学の観点から情勢分析をする。第1話目では、まず地政学の要点をおさらいし、常に揺れ動いてきた「ヨーロッパ」という領...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/05/05
最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか
第2次トランプ政権の危険性と本質(8)反エリート主義と最悪のシナリオ
反エリート主義を基本線とするトランプ大統領は、金融政策の要であるFRBですらも敵対視し、圧力をかけている。このまま専門家軽視による経済政策が進めば、コロナ禍に匹敵する経済ショックが世界的に起こる可能性がある。最終話...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/06/28
アジア的成熟国家モデルづくりへ、日本が目指すべき道とは
日本の財政と金融問題の現状(4)日本が目指すべき成熟国家への道
機関投資家や経営者の生の声から日本の金融市場の問題点を見ていくと、リスクマネーを供給するための市場づくりや人材育成等の課題が浮き彫りになる。良質なスタートアップ企業を育てるにはどうすればいいのか。今こそアジア的...
収録日:2025/04/13
追加日:2025/07/01